泉北ぐるりんウォーキング(槙尾川・伏屋町コース)

2018年4月22日(日) ②


かつて年2回も「泉北ぐるりんスタンプラリー」を開催していた泉北高速鉄道。1回で4~5コースを歩かなければならないので、何年も続けて年10回ほどはこのあたりを歩き回っていたのに5年前に「一時休止」になって以来、まるで再開される気配がない。ところが、昨年突然新コースが2つ登場した。今日はそのひとつ「槇尾川・伏屋町コース」を歩いてみる。



久しぶりに和泉中央駅に降り立つと、鉄道むすめの「和泉こうみ」ちゃんがニッコリ微笑んでくれる。この数年で鉄道むすめも随分増えたものだが、そんななかで「和泉こうみ」ちゃんは今年のトーナメント(ってなんだ?)で準優勝したんだそうだ。



鉄道むすめ全般に共通したことだが、ポスターとスタンプではまるでテイストが異なる。スリムで小顔のモデル体型のポスターと異なり、スタンプは2~3等身の少女体型。まあ、四角いスタンプの枠のなかに嵌めこむためには、こうするより無いのだろう・・・。



おそらく5年ぶりに和泉中央駅に降り立つ。とても懐かしい気分になる。



久しぶりに泉北ニュータウン地区を歩く。気のせいかもしれないが、この地区独特の空気感のようなものが蘇ってくる。



槙尾川緑道。これまで泉北高速が設定していた20のコースではカバーされていなかった空白地帯に足を踏み入れる。



パンフレットの表紙にも使われている槇尾川の風景。特にどうという景色でもないかもしれないけれど、これでいいのだ。のんびりと歩けるところを短い路線にも関わらず怯むことなく紹介している泉北高速の姿勢には賛辞を送りたい。



やわらかな日射しのなか、桜並木の土手をゆっくりと歩いていく。



亀が甲羅干しをしている。大きな魚影も見える。鯉だろうか?



JAの駐車場に、褌姿の農民の像を発見。昭和14年に農村経済再生村指定を記念して建立されたものだそうだが、説明にある「当時北池田村が褌(ふんどし)村の別名で呼ばれていた」との文章が気になる。それだけ貧しい村だったのだろうか。あるいは、像の横にある石碑にある「堅忍持久」の文字のとおり、苦しさを厭わず服装などに構うことなく頑張り続けた村なのかもしれない。



住宅街を抜けると田園風景が広がる。



ゆるやかな上り坂が続く。先を行く自転車も漕ぐことを諦めて押している。このような軽いアップダウンが泉北ぐるりんのウォーキングコース全般を通じての特徴だ。阪和自動車道の高架を潜って東に進む。



「目」が描かれた看板が多くみられる。ゴミを捨てたりする不埒な連中を見張っているということだろうか。見られている、と思わせることで、不法投棄などを防ごうとしているのかもしれないが、効果はあるのだろうか・・・。



祠が数多く見られる。マップが案内する曲がり角の目印としても祠が多く取り上げられている。ホントに実際歩いて制作したのだろうか、と思わせるマップも多いなかで、泉北ぐるりんはウォーカー目線でいい目印をマップに載せてくれている。



鯉のぼりが空に舞っている。伏屋町には旧家が多く、鯉のぼりの吹き流しにも家紋が入っていたりする。



父鬼街道。和泉葛城山の東を超えて高野山まで続く道だが、あまり旧街道の雰囲気は残っていないようだ。



が、突如信太山境内という石碑が現れる。信太山の聖神社を指すのだと思われるが、ここからは随分遠いぞぉ。信太山の自衛隊演習場はもともと聖神社の境内だったと聞いたことがあるが、さらに広大な神社だったようだ。



堺市に入って光明池緑道を進む。長池というのんびりとした池がある。魚つり禁止のサインがデカデカとあるが、何人もの人が釣り糸を垂れていた・・・。



光明池緑道は分厚い緑地公園と住宅との間に設置されている。ジョギングする人も多い。



道をそれて、マップに従って二本木山古墳にやってきた。が、どれが古墳なんだぁ?案内板の周囲のどこもが古墳のように見えてくる・・・。



緑道脇の幼稚園の壁一面に、卒園生が製作したと思われる自画像のタイルが貼り付けられている。10年後、20年後、さらに先まで残るといいね。すごく大切な思い出になるはずだ。



新檜尾公園にやってきた。水辺や芝生で寛ぐ人が多数いる。公園の木は名前どおりの檜ではなくて、メタセコイヤではなかろうか。



ゴールの光明池駅。この駅にやってくるのも5年ぶりになる。



以前からあったかなぁ? 光明池駅の高架下に大きなモズ(たぶん)の壁画がある。濃淡の異なる小さなタイルを組み合わせて作られている。コンピュータを使えば作図は容易だろうが、実際にタイルを貼るのは凄く大変な作業のように思える。



7km余りの歩行軌跡。このアプリを使い始めたのが3年ほど前なので、泉北ぐるりんでは初めての歩行軌跡ということになる。



もうひとつ新コース泉北丘陵コースも、近々歩いてみたい。ただ、一方で岩湧山など6つの山歩きコースが廃止されてしまった。いいコースだったのだけど、メンテするのが大変なのだろうか。地図が間違っていたために遭難でもされたら電鉄会社にも責任が及ぶのかもしれない。難しい時代だ。

堺環濠ウォークラリー(Can Go)

2018年4月22日(日) ①


開催期間終了間近の堺環濠ウォークラリーに出掛ける。古墳やら与謝野晶子やらをテーマに、堺はスタンプラリーを数多く開催しているところだが、環濠をテーマに取り上げたのは目新しい。



ただ、ポイントが環濠の内側に限定されているため、対象エリアは狭い。まずは呂宋助左衛門像を目指して南海堺駅から旧堺港を目指す。ポルトガル人?のイラスト入りの案内標識もなかなかいい感じだ。



旧堺港。自由貿易都市として繁栄を謳歌していたのは何百年も前のこと。大和川の付け替えで港の水深が浅くなり、今はレジャーボートなどの船溜まりのようになっている。



旧堺港に向かって手を振る呂宋助左衛門の像がある。以前は堺市市民会館前にあったものが、市民会館の立替工事のため、ここに移設されたらしい。工事が終われば、元の場所に戻るのだろうか。個人的には、この場所の方が似合っているように思えるのだが・・・。



像の足元にウォークラリーのマーカーが貼られている。



CanGoアプリを立ち上げ、カメラを近づけると、スタンプがゲットできるという仕組み。太陽の光がラミネートフィルムに反射して、なかなか反応してくれず、スタンプゲットまで結構時間が掛かった。



南海堺駅のすぐ西に、「明治初年佛人撃攘之處」と書かれた石碑がある。町で狼藉を働いたフランス人水兵を、警備中の土佐藩士が殺害したという堺事件の現場だ。恫喝に屈して土佐藩士たちを処刑したことに対する慚愧の思いが込められているようだ。



その隣には天誅組上陸地の碑。狂気じみた革命集団、乱世の徒花、明治維新の魁・・・、様々な評価を耳にする。大暴れしたのも束の間、やがて孤立、消滅してしまうのだが、この地に上陸した際には勤王と憂国の思いに純粋に燃えていたはずだ。



堺の町を眺めているポルトガル人?の像が橋のうえにある。とんでもなく長い旅の果てに日本という奇妙な国に来てしまったとでも考えているのだろうか。あるいはホントに「東洋のベニス」だと感じ入っているのだろうか。随分感慨深げに町の風景を見つめている。



環濠クルーズ乗り場で2つ目のスタンプをゲット。観光シーズンの土日には、小さな遊覧船で環濠めぐりができるようだ。



環濠クルーズのお世話をしているボランティアの方々と話をすると、日本中で「昔はもっとキレイな川だったのに」という話を聞くが、堺では「昔はもっと汚い川だったのに」とばかり言われるそうだ。確かに、環濠を構成していた川は随分キレイで、鯉のぼりもよく映える。



かつて国内有数の酒どころだったと言われる堺だけど、空襲などによって造り酒屋が無くなってもう何十年にもなるらしい。それが最近堺泉酒造というメーカーが設立されたということで、堺駅近くの醸造所を見に行く。銘柄は「千利休」。う~ん・・・、最近堺が千利休を猛烈プッシュしているのに便乗する気持ちは判るが、どうしても茶と酒は真逆の飲料文化に感じてしまう。



芥子餅の「本家小嶋」もスタンプポイントになっているので訪問してみる。宿院の交差点の先には「小島屋」と店があって、今では「小島屋」が堺の芥子餅の代名詞になっているが、本家小嶋のふんわりした食感を好む人も少なくないはずだ。



和泉・摂津の国の境界の碑が大小路の交差点に立っている。堺というのは、和泉・摂津・河内の三国の境にあることに由来する地名のはずだが、河内との国境は、もう少し東の三国丘あたりになるようだ。



阪堺電車の大小路停留場。千利休と与謝野晶子をテーマにした博物館「利晶の杜」ができたせいか、隣の宿院停留場だけは近代的に改装されたが、それ以外の停留場は、相変わらずの昭和のテイスト。もっともこの佇まいは良い観光資源になっているはずだ。



大小路を説明する看板。よく見ると環濠集落堺の形に看板が制作されている。青が環濠、赤が泉摂国境ということのようだ。ただ、どうしたことか、南北が逆さまになっているようだ。



大小路通に7階建のベトナム領事館がある。大阪市内から数年前に引っ越してきたものだ。地代が安いのこととか、関空に近いとかもあるけれど、中世の堺商人の交易も決して無関係ではないように思えるのだが・・・。


狭い環濠地区のなかにスタンプポイントは24もある。史跡や公園ばかりではなく、商店や飲食店もスタンプポイントになっているんだけど、わずか4つ集めるとコンプリートになってしまうのが残念。いかにも消化不良だ。環濠跡をぐるりと一周するくらいのウォーキングにしてもらいたかった。



環濠の東側を形成していた土居川。40年ほど前、阪神高速堺線の建設で完全に埋め立てられてしまった。



土居川より東は、かつては堺の外れだったのだが、今は堺市の中心部になっている。堺市役所前に柳の並木がある。江戸開府で堺の銀職人が江戸に強制移住させられてできたのが銀座。職人たちが堺を懐かしんで植えた柳が東京の銀座名物になっているが、ここの柳は最近植えられたもののように見受けられる。



堺銀座は、東京の銀座より古い歴史がある、銀座の本家本元だと教えられてはきたが、いかにも典型的な地方都市商店街にしか見えない。まあ、これでも一時と比べれば賑わいを少し取り戻しつつあると感じているのだが・・・。



4つのスタンプを集めればコンプリートとなるため、スタンプラリーは30分も掛からず終了。ひょっとしたら何か当選するのかもしれない。



堺環濠ウォークラリーは1時間も掛からず終了。まあこれは準備運動のようなものだ。堺東駅から、「泉北ぐるりん」の新コース踏破のため、和泉中央駅に向かう。

灘五郷酒蔵巡り(大石~甲子園)

2018年4月21日(土)


「阪神電車で行く 駅と酒蔵巡りスタンプラリー」が開催中。最近灘五郷を取り上げたウォーキングイベントが多いので、後回しにしているうちに開催期間終了が近づいてきた。天気も良さそうだし、覚悟を決めて、西郷、御影郷、魚崎郷、西宮郷、今津郷の灘五郷を歩き尽くそう。おそらく20kmくらいにはなるはずだ。



海外の人にも日本酒は人気のようで、阪神電車は外国語版(英語、中国語、韓国語)の台紙も製作している。中国語でスタンプラリーは「集章活動」というらしい。試しにググってみると、特に台湾で多く実施されているようだ。



西郷の玄関口、大石駅にやってきた。このスタンプラリーでは、駅スタンプを3つ、酒蔵スタンプを3つ集めなければならない。阪神の駅スタンプといえば、いつもの改札印と思っていたのだが、特製のスタンプが設置されていた。これがあると無いでは、スタンプラリーに対するモチベーションが随分違ってくる。



大石駅から西郷を代表する酒蔵「沢の鶴」に向かう。何度も歩いている道だが、国道の下の隧道の天井の低さにはいつものことながらドキドキしてしまう。天井高は自分の身長より数センチは高いとは判っているのだが、胸を張って歩くことができない。



沢の鶴資料館。どうしたことか、いつもより人出が少ない。誰も映り込まない写真を撮るのは難しいところなんだけど・・・。



神戸製鋼所の前を、西郷から御影郷に歩いていく。製鉄の設備は随分古くなってきて、今やここは石炭発電所がメインの事業所となっているように感じる。



二つ目の酒蔵は福寿酒心館。記念写真の定番スポットとなっている大きな酒樽の前にも人がいない。人が少ないのは偶然だと思うのだけど、酒蔵めぐりにオフシーズンってあるのだろうか。



歩きなれた道を白鶴記念館に向けて歩いていく。歴史ある酒蔵や記念館の周囲には近代的な酒造プラントが立ち並んでいる。一体何が入っているのか、何十本もの貯槽が林立しているエリアもある。



白鶴記念館。最近めっきり暖かいせいか、ツツジが既に満開だ。スタンプポイントになっている酒蔵は7つあるのだが、既に3つのスタンプ欄は埋まってしまった。



魚崎駅で2つめの駅スタンプをゲット。残るは、西宮駅か今津駅のスタンプいずれかを残すのみ。そして、最後にコンプリートの賞品をもらうため、甲子園駅まで歩かなければならない。



西郷、御影郷、魚崎郷を制覇し、6つのスタンプ中5つをゲットしたものの、ウォーキングはようやく序盤を過ぎ、中盤に入ったところ。甲子園駅までは駅数にして9つも歩かなければならない。高架工事が進む阪神電車の仮設壁に沿ってテクテク歩いていく。



踏切ごとに、高架工事が完成すれば、どのような風景になるかの合成写真?が貼りつけられている。地域の人たちに工事を応援してもらうには、とてもいい方法に思える。

 


線路脇の墓地には、太平洋戦争空襲の慰霊碑の隣に、阪神淡路大震災の慰霊碑が同じデザインで設置されている。



緊急避難所に指定されている小学校。土砂災害や洪水には避難所となるが、津波に対しては使えないことが表示されている。津波の際には、阪神電車よりさらに北側に避難しなければならないようだ。



神戸市をようやく抜け出し、芦屋市に入る。海に近いため平坦な道が続くが、芦屋川の手前で急坂が現れる。いわゆる河岸段丘というものだろう。



芦屋高校のグランドに、奇妙な6人組の人形が置かれている。どうやらサッカーのPK練習に使用するものらしい。



西宮市に入る。緊急避難所までの距離だけでなく、必要時間が表示されているのがユニークだ。



西宮戎神社前の道には、「えべっさん筋」と名付けられている。「えびすさん」でも「えびっさん」でもなく、「えべっさん」だ。



西宮駅と今津駅の間の川端に石碑がたくさん設置されている。道祖神とか稲荷とか、様々な神様が並べられている。おそらく区画整理などで居場所を失った石碑がここに移転させられたのではなかろうか。



今津駅でついに最後のスタンプをゲット。さあ、あとは甲子園駅前の阪神サービスセンターでコンプリートの賞品を貰うばかりだ。



今津駅から2駅歩いて、阪神・巨人戦が繰り広げられる球場からのラッパや太鼓の音が鳴り響く甲子園駅に到着。



無事6つのスタンプが並んだスタンプラリー台紙。



ご褒美は日本酒の一合升。さらにクリア済スタンプを押した葉書で応募すれば、ひょっとして、さらにいいものが貰えるかもしれない。



甲子園駅の阪神サービスセンター、西宮観光案内所、さらに阪神系のトラベル会社は同じ建物に同居している。というか、係員はこの3つの仕事を兼務しているようにさえ見えるのだけど・・・。これまで知らなかったけど、ここは西宮市のマンホールカードの配布場所にもなっていた。



歩行軌跡。間違いなく19km歩いたのだけど、大石駅から甲子園駅まで電車に乗ったとしてもほぼ同じ軌跡図になるはずと思うとちょっと悲しい。



いつの間にやら、汗ばむ陽気になってきた。昼間は25度以上に気温が上がっていたはずだ。