【当選】船場を遊ぼう 御堂筋謎解き&クイズラリー

2017年12月13日(水)


先日、会社の昼休みなどを利用して何日かに分けてコンプリートした「船場を遊ぼう 御堂筋謎解き&クイズラリー」から賞品が贈られてきた。大阪市中央区のマスコット、ゆめまる君グッズのセットだ。
レターパックにぎっしりと詰め込まれた賞品は、フェイスタオル、クリアホルダー、リストバンド、シールセット、それに自転車盗難防止ステッカーなど、ゆめまる君がイラストが描かれたグッズ類。



さらに、ゆめまる君とは直接関係も無さそうな、「幸せの青いハンカチ」というキティちゃんタオル、自転車手ぬぐい、ウェットティッシュ・・・。なんだか区役所の在庫一掃処分の感じもしなくはないが、ありがたく頂戴しておこう。



毎年恒例の都心でのイベントだし、スタンプ台紙も何千枚(それ以上かも)と配布しているものなので、当選など期待もしていなかったし、多用な選択肢はあるもののイマイチ魅力的な賞品が少ないように感じていたが、まあ、こういう時に当選するのだ

伏見~大津(京阪沿線街道めぐり)

2017年12月9日(土)


あわよくば3日で完歩するつもりだった「京阪沿線街道めぐり」も、なんと5日目を迎えてしまった。最後の2つのスタンプをゲットすべく京阪中書島に降り立つ。伏見や宇治でのイベント参加のため、頻繁に訪れる駅のひとつだ。今日はここから、滋賀県浜大津まで歩くこととする。



中書島から徒歩5分ほどで、最初のスタンプポイントの黄桜酒造にやってきた。ついでに河童資料館を少し見学。カッパは川で足を引っ張ることから、客の足を引くという意味で商標に用いられることが多いらしい。



次いで、再び5分ほど歩いて大手筋商店街で最終15個目のスタンプをゲットして、コンプリート。大阪天満橋から滋賀県大津までの60~70kmに渡るスタンプラリーのなかで最短のスタンプポイント距離だ。スタンプポイント配置のバラツキも酷いが、スタンプの印影も酷い。まるで達成感が感じられない。



あっという間に、京阪沿線街道めぐりは終了。さあ、先週コンプリートした京阪大津線スタンプラリーの賞品を貰うため、電車なら42分・700円の浜大津駅までの15kmほどを歩いていくことする。大手筋商店街を出て、電車の最後尾が踏切スレスレという、ホームの短い京阪伏見桃山駅を横目に東に進む。




乃木神社への道も、藤森神社への道も、伏見桃山城への道も歩き飽きた感があるので、久しぶりに明治天皇伏見桃山御陵に立ち寄るルートを歩くことにする。鬱蒼とした樹々のなか、玉砂利が敷き詰められた道を進む。



伏見城の石垣に使われていた石などを観察しながら、テクテクと20分ほど歩いていったところに明治天皇陵はある。上円下方墳というものらしい。元々は伏見城の跡地になるようだ。



さらに進むと、皇后である正憲皇太后陵がある。鳥居などは天皇陵より多少小ぶりのような気がする。どうして皇后陵じゃないのだろうか。明治天皇の後に崩御されたので、皇太后陵ということなんだろうか。



御陵の入口には宮内庁の標札が掲げられている。「みだりに域内に入らない」「魚や鳥を取らない」「竹や木を切らない」との3つの決まり事が書かれている。見ようによっては、かなり緩いルールだ。御陵の前で弁当を食べている人もいたが、OKのようだ。



先週、山科の六地蔵を訪問したばかりだが、伏見桃山の六地蔵、大善寺を再訪する。六角形の六地蔵堂にお参りする。



畏れ多くも、地蔵堂のなかのお地蔵様を撮影させていただいた。冥界と自由に行き来できたという小野篁が、冥府で実際に会った地蔵尊を像に仕上げたものだというから1000年以上前のもののはずだが、極彩色だ。地蔵はモノクロ、という固定観念があっただけに、ちょっとビックリだ。



六地蔵から小栗栖街道を北に進む。天王山で敗れた明智光秀が土民に殺害されたのがこのあたりのはず。以前、光秀の胴塚や明智藪を訪ねたことがあるが、どこだったのか、さっぱり思い出せない。案内表示も見当たらない・・・。



山科の中心部を迂回するように、小栗栖街道から奈良街道へ抜ける。名神高速の脇に、一里塚の跡がある。榎の巨木の下部が未だ残っている。かつての旅人に倣って、一里塚跡の石段に腰を掛けて一休みする。



おそらくは大津への近道と思われる名神高速に沿った道を進んでいると、妙見寺というお寺が現れた。神仏習合ってやつの名残だろうか、お寺なのに鳥居があって、「妙見大菩薩」という扁額が掛けられている。



鳥居の奥に、小さなレンガ積みの遺構がある。道に掲げられた案内標識が無ければ、まず、誰にも気付かれることなさそうだ。大正10年に現在の東海道本線が完成する前の、「旧東海道線」のトンネルの入口跡とのことだ。



東海道新幹線の高架を潜る。第一大塚CB。CBとは何なんだろう・・・。それはともかく、469粁957米06の表示がある。おそらくは東京駅を起点としての距離なんだろう。決して古い表示ではないが、kmを粁と書くとか、センチメートル単位までの表示をするとか、も気になってしまう。



ほぼ同じ地点の名神高速には、478.7の文字。東名+名神の距離表示なのだろうか。想像が正しければ、高速道路は新幹線より、やや遠回りしていることになる。問名高速の起点は、東京駅よりかなり西の世田谷なので、なおさらだ。



国道1号線にも、東京日本橋を起点とするに違いない距離表示がある。道路や鉄道には、このような表示が随分多いのだけれど、意味不明な表示を延々と見せつけられるのは気分があまり良くない。門外漢にも多少は意味が解るようにしておいてもらえれば有難いと思うのだが。



滋賀県内に入って旧逢坂の関、京阪大谷駅付近にやってきた。元祖走井餅の石碑がある。この辺りの茶屋が、付近の清水で搗いた餅を売り出したのが走井餅の起源らしい。もっとも、京都・滋賀のアチコチで本家や元祖を名乗る店があるように記憶しているのだが・・・。



うなぎも、この辺りの名物になっている。「日本一のうなぎ」と大見得をきっている店もあったりする。うなぎが捕れるところでは無いと思うが、うなぎの顔出しパネルや、飛び出し坊やなどが、道に設置されている。



蝉丸神社。"これやこの 行くも帰るも分かれては 知るも知らぬも逢坂の関"の歌で有名な蝉丸を祀る神社だ。百人一首の坊主めくりでは「坊主」扱いされているる蝉丸だが、実のところは琵琶の名手。今風に言えば、音楽家に区分されるべき人物だ。



国道1号線の脇に、かつて、ここに逢坂の関があったことを示す石碑がある。常々感じるのだが、別にここを通らなくとも、大津と京都の間を行き来できる道は他にいくつもあるのだが、関ってどれほど機能していたのだろうか。



逢坂の関から、すこし大津側に下ったところに、別の蝉丸神社がある。正しくは関蝉丸神社の上社。最高権力者以外で神として祀られている人は、例外なく非業の死を遂げた人と言っていたのは、確か哲学者の梅原猛だが、蝉丸はどうなんだろう。あまりに謎めいた人物だ。



大津の市街地に入るところに、旧東海道線の廃トンネルがある。ほんの少しだけだが、中に入ることができるようになっている。トンネルの扁額は、三条実美による「楽成頼功」の四文字。「落成」の「落」は「落盤」に通じて縁起が悪いので、「楽」に変えたそうだ。



関猿丸神社の下社。京阪大津線が鳥居の際際を走っている。踏切の遮断機と鳥居がほとんど一体化しているようだ。



こちらは、現在のJRの逢坂山トンネル。トンネル入口の上を京阪が走っている。あらためて見ると、こちらもかなり年代物のように見える。



京阪浜大津駅まで歩いて、先日貰い損ねた大津線スタンプラリーの賞品をいただく。表も裏も、なかなか洒落たデザインのキーホルダーだ。



本日の歩行軌跡。15km強と予想していたが、結局20km歩いていた。


【当選】尼崎市リンリン電子スタンプラリー

2017年12月7日(木)


先月参加した尼崎市リンリン電子スタンプラリーの賞品が送られてきた。来年度の卓上カレンダーと、腕に巻き付ける反射板だ。



サイクリングを対象にしたスタンプラリーなのに、ウォーキングで頂戴するのは何か申し訳ない気持ちもするが、反射板はウォーキングでも重宝しそうだ。有り難く頂戴しておく。

大津散策(京阪沿線街道めぐり)

2017年12月3日(日) ②


京阪大津線のスタンプラリーのついでに、同じく京阪電車が主催している「街道めぐり」の大津市内のスタンプポイントも制覇する。まずは、琵琶湖遊覧船ミシガン乗り場だ。ミシガン湖に準えたネーミングのせいか、案内板には星条旗がある。



浜大津駅にほど近い大津港。既にクリスマスツリーが飾りつけられている。残念ながら停泊しているのはミシガンではないようだ。



続いてのスタンプポイントは、京阪浜大津駅とJR大津駅の間にある市内商店街にある大津曳山展示館。祇園祭に似ているようだが、カラクリなどの工夫が凝らされている。それに開催時期が10月というのがいい。猛暑と大混雑の祇園祭より、大津祭の方が余程面白いという話をよく聞く。



商店街には、大津のマスコット、おおつ光クンが、大津祭で撒かれるというチマキに包まれて笛を吹く図柄の垂れ幕がある。



商店街で偶然見かけた伏見寺田屋の女将、お登勢の実家跡。



残るスタンプは伏見の2ヶ所。新年恒例の「伏見五福めぐり」の際にでも行けばいい、と考えていたが、街道めぐりは12月26日まで、と気付く。仕方ない、年内に、伏見から大津まで歩くことにしよう。浜大津駅で大津線スタンプラリーコンプリートの記念品も貰わなければいけないので丁度よかろう。

近江坂本~山科(京阪大津線800系20周年)

2017年12月3日(日) ①


今月1日から始まった京阪電鉄大津線800系20周年記念スタンプラリーに早速出掛ける。新型車両導入から20年というのが、記念行事を開催するほどのものなのか、ちょっと首を傾げたくもなるが、坂本~浜大津~山科と3つのスタンプポイントを繋ぐと15~16kmといったところ。ウォーキングには程よい距離だ。



JR比叡山坂本駅で下車して、京阪坂本駅まで500mほどの道を行く。毎年恒例にしている比叡山スタンプラリーに合わせての比叡山登山は米国出張のために今年は行けずじまいだ。



京阪坂本駅にやってきた。以前もそうだったので、半ば予想されていたことなのだけれど、電車系スタンプラリーでは珍しく、スタンプが改札内に置かれている。仕方なく、1駅だけ電車に乗ることとする。改札内には、鉄道むすめ、石山ともかのパネルが設置されている以外、見るべきものもなく、15分に1本の電車をボンヤリと待つ。



電車賃が勿体ないが、数百m先の松ノ馬場駅で下車。安土城に次ぐ豪壮華麗さと言われた坂本城に立ち寄るが遺構はほとんど残っていない。ずんぐりむっくりの明智光秀像も違和感がある。赤穂城跡の四十七士同様、安くあげるために中国に発注したものではなかろうか。中国の武人像は、ずんぐりむっくりが定番だ。



驚いたことに、いつの間にやら、「光秀(おとこ)の意地」という鳥羽一郎が唄う歌詞碑が建てられている。失礼ながら「光秀」を「おとこ」と読ませたり、「わしは主を間違えたようじゃ」とのセリフなどが臭すぎて感情移入できそうにない。



比叡山方面を見上げると、何本もの帯状の雲が見える。これは地震雲か何かでは、と瞬間感じたが、何のことは無い、伊丹と北陸・北海道方面を繋ぐ飛行機によるもののようだ。比叡山の山中に大阪空港の施設があったことを思い出した。



飛行機雲は真っ青な琵琶湖を渡って、北東に流れている。



唐崎神社にも立ち寄る。清少納言が枕草子で「崎は唐崎」と讃えた旧蹟だ。唐崎の代名詞ともいうべき名松も、今のものが3代目らしい。



国道沿いに陸上自衛隊の駐屯地が広がっている。柵越しに見える戦車やヘリコプターも興味深いが、もっとも感じ入ってしまったのが、「平和を仕事にする」という募集広告。賛否両論あろうが、なかなかにパンチ力のあるキャッチフレーズだ。



単管バリケードが延々と並ぶ仮設の歩道を進む。ウォーキングの際、動物柄などの単管バリケードの写真を撮り続けているが、最近目立つアニメ系はあまり好きになれない。狸とか鹿とか、いろいろと動物を並べる方が楽しいように思うのだが・・・。



まだ大津の市街地までは距離があるが、国道沿いは、琵琶湖の景観などお構いなしにファーストフードや量販店などの大きな広告板がギッシリと並び、賑やかではあるが、雑然として猥雑とさえ感じてしまう。



琵琶湖畔にあった巨大旅館「ホテル紅葉」の跡地に、大きなマンションが建設中だ。かつて、湖の景観、温泉、そして派手なテレビCMと併設する遊園地で、大変な人気を博していたのを知っているだけに、栄枯盛衰の儚さを感じずにいられない。



突如ヴュルツブルク通りなるものが現れた。調べてみると、大津市とドイツのヴュルツブルク市は姉妹都市になっているようだ。25年ほど前訪れたことがあるヴュルツブルクは、荘厳な中世の建物が多く残るロマンチック街道の起点。大津との共通点は何なんだろう・・・。水辺の街道都市ということだろうか。



琵琶湖疎水の入口。明治初期に、こんなところから、よくまあ京都まで疎水を通したものだ。



京阪浜大津駅。ここでは、改札内外双方から入ることができる駅事務室にスタンプが置かれていた。来年3月には、びわ湖浜大津駅と駅名が変更される。ちょっと馴染めない感じもするが、おそらく来春には、駅名が変わる大津線の4つの駅を対象にしたスタンプラリーが開催されると睨んでいる。



さあ、次は山科だ。京阪の路面電車に沿って西に向かうのが常套ルートだろうが、混雑を避けるため、以前歩いた小関越えを行くことにする。



小関越の石碑。かなり古いものだ。「右、三条・五条・いまくま(今熊野)」とある。別の面を見ると「右、三井寺」とある。あれ~、どっちも右じゃないか、と戸惑ってしまう。石碑の各面に正対して右のことだ、と、当たり前のことに気づくまでに暫くかかってしまった。



小関越は、ほとんど車も通らない準自然道。ススキや紅葉を楽しみながら、のんびりとウォーキングができる。



峠を越えたところで、長いトンネルを潜り抜けてきた疎水に再会する。



トンネルを出た疎水は、真っすぐに夕陽を目指すように進んでいる。



疎水沿いの道は最近何度も歩いたので、東海道線に架かる歩道橋を渡って南に向かう。6つの軌道が走っている。2本が湖西線、そしておそらく4本が東海道線のようだ。



旧東海道を歩いていくと、六角形のお堂に出会う。都に入る6つの街道(奈良、西国、丹波、周山、若狭、そして東海道)にある六地蔵のひとつだ。



山科の街には、義士祭の提灯や幟が多数見られる。確かに大石内蔵助は赤穂城引き渡しの後、山科に隠遁し、ここで仇討ちの決意をしたようだが、義士祭をするほどかなぁ、とも思う。そんなことより、山科から京都の遊郭まで通うのは大変だったろうな、という下世話なことを考えてします。



京阪山科駅で3つ目のスタンプをゲットして、無事コンプリート。しかし、浜大津駅でしか、記念品の交換ができないことを知る。さすがに、再び浜大津に戻る気にはならない。



本日の軌跡。JR比叡山坂本駅から寄り道を繰り返しながら山科まで約18km。もっともこのうち坂本~松ノ馬場の600mほどは止む無く電車に乗っている。