【当選】山陽電車 沿線クイズ&スタンプウォーク

2017年10月21日(土)


山陽電車から、創立110周年記念の沿線クイズ&スタンプウォークの全問正解賞が送られてきた。この夏に炎天下でフラフラになりながら、神戸市西代から、姫路・網干までの山陽電車全線を踏破したものだ。



賞品はQUOカード1000円分。以前は、この種の賞品は、各電鉄会社を共通して利用できるプリペイドカード(スルッとkansai)と決まっていたものだが、PITAPAなどの普及によって、スルッとkansaiもいよいよ役割を終えつつあるようだ。


船場を遊ぼう 御堂筋謎解き&クイズラリー

2017年10月20日(金)


5年ほど前から、毎年少しずつ装いを変えながら開催されている、船場の古典芸能と近代建築をテーマにした謎解きラリー「船場を遊ぼう」。正直なところ、歩きつくした船場エリアだけにマンネリ感はあるが、会社の昼休みを3日ほど利用して挑戦する。



基本的に、毎回のことながら、船場の近代建築を楽しく歩き回らせるために、それぞれのビルに貼りだされたクイズや謎解きを解いて回るという仕組み。これは御堂筋から伏見町通を1本西に入ったところにある芝川ビル。




同じく伏見町通にある青山ビル(手前)と伏見ビル(奥) 。大阪が最も元気だったと言われる大正末期から昭和初期にかけて建設された重厚なビルを見て回る。



それぞれのビルには、謎解きやクイズが掲示されている。以前は、ビル内部にあって休館日には、掲示が見れなかったり、といった参加者目線を欠いた問題点が多々見られたのだが、その点は年を追うごとに改善されてきている。



なかには結構難しい問題もあったりするのだが、携帯のサイトからヒントを得ることもできる。クイズの難易度も、平均化され、子供も大人も、まずまず楽しめるレベルになってきている。



船場の近代建築をクイズポイントにしたいのだろうが、つい最近完成したばかりのビルもポイントになっている。



以前からそうだが、船場の外にある、商工会議所やホテルもポイントになっている。まあ、あまり厳しいことは言うまい。最近整備された本町橋の船着場もポイントに指定されている。



実際には、ポイントに指定されていない、近代建築も多くあって、パンフレットでもあまり触れられていない名建築も多い。これは旧三井銀行大阪支店ビル。


高麗橋野村ビルも、船場を代表する近代建築のひとつだと思うのだが、スタンプもないし、クイズも掲示されていない。



謎解き編とクイズ編があったり、それぞれを解いて、さらに新たなクイズがあったり、結構複雑な仕掛けになっているのが、ちょっと鬱陶しい。もう少しシンプルにしてもいいのに、と思う。



御堂筋80周年ということで、御堂筋にはバナーがズラリと飾られているのだが、あまりお祭りムードは無い。80周年記念行事も、シンポジウム、写真展、見学会など、随分と品のいいものが続いている。



船場の企業や商店がスポンサーになっているため、予算は潤沢にあるのだろう。厚手の良質の紙で6ページもある台紙が多数準備されている。その割には、魅力的な賞品は少ないように感じる・・・。

リラックマごゆるり京都スタンプラリー

2017年10月9日(祝) ②


最近、京都では随分スタンプラリーが多く開催されているが、その多くは、京都市交通局と太秦映画村が主催しているものだ。「リラックマごゆるり京都スタンプラリー」も、この2者に加えて嵐電が共催している。



京都らしい衣装で着飾ったリラックマが可愛い。昨日訪問した二条城に続いて、今日訪れた東寺と京都駅前のローソンが、スタンプポイントになっていたので、押印する。



なかなかのデザインだ。もっとも、映画村と嵐電嵐山駅が必須ポイントになっているので、この3つでは何も貰えない。映画村は間違いなく有料ゾーンにスタンプがあるはずなので、訪問する気にもならない・・・。



ローソンは、リラックマ関連の商品を数多く扱っているが主催者に名を連ねてはいない。もっともスタンプポイントを提供している引き換えなのか、店内では随分商品PRをしていた。



ひとつ、ふたつ、スタンプを押しただけでコンプリートを諦めたスタンプラリーは山のようにあって、最近ブログに紹介していなかったのだが、ここまで可愛いスタンプだとアップしたくなる。


東寺~祇園~山科(京都幕末維新スタンプラリー)

2017年10月9日(祝) ①


昨日に続いて大政奉還150周年記念の幕末維新スタンプラリーに挑戦。残るスタンプポイントは7つ。各20kmずつ程度歩かなければ、あと2日でもコンプリートさえ危うい。今日は京都駅を起点に、京都の東側を制覇したい。



京都駅から南西に歩いて15分、東寺にやってきた。源平、南北朝、応仁の乱など、東寺は繰り返し戦禍に巻き込まれている。鳥羽伏見の戦いでも薩摩軍の本陣が置かれている。京都のランドマーク、五重塔も現在のものは5代目になるそうだ。手前の柳は、小野道風の柳と蛙の逸話の舞台と伝えられているそうだ。



東寺でUターンして、再び京都駅を越えて東本願寺渉成園へ。美しい庭園だそうだが、スタンプだけ押印して素通り。昨日の岩倉実相院も素通りだったが、大汗をかきながらウォーキングに励むことと、庭園を静かに鑑賞することは、気分的に両立しないのだ。



六条あたりの高瀬川。観光地化されていない地域で、とても静かなところ。清流の脇に据えられた縁台や蚊取り線香が、昭和の京都の風情を感じさせてくれる。



高瀬川の畔、五条通のすぐ南に立つ大きな榎の木の根元に「源融河原院址」と書かれた石碑が建っている。百人一首で知られる源融は、源氏物語の光源氏のモデルとも言われる人物だ。河原院はその後渉成園になったというが、場所が離れているように思う。相当大きな敷地だったのかもしれない。



五条大橋を渡る。橋の欄干にある擬宝珠は、長い年月のなかで改修や交換が行われてきたせいか、古いものは正保(江戸初期)、新しいものは昭和の年号が刻まれている。




次なるスタンプポイントは高台寺の傍にある霊山護国神社。祇園のど真ん中を突っ切って歩く。芸妓さんや舞妓さんの名札が並んだお茶屋さんの玄関の造りがとても興味深い。



祇園は大賑わい。昔は限られた人々の遊興の場と考えて昼間でも立ち入るのが憚られていたように思うのだが。レンタル衣装だと思われるが、着物を着た女性の姿が目立つ。



それにしても、祇園のど真ん中にJRAの場外馬券売り場があるのには違和感がある。いや、規制の厳しい京都だからこそ、超繁華街の祇園くらいにしか場外馬券売り場を作れなかったのかもしれない。



東山の坂を上って、霊山護国神社にやってきた。坂本龍馬のお墓があるところだが、有料ゾーンということで諦めた。なんてケチなんだろう・・・。



休憩所には、「龍馬の水」や「龍馬よさこい茶」が自販機に並んでいる。これって、高知県から取り寄せたものだろうか。



八坂の塔。誰もが知るこの地のランドマークだが、この塔がある法観寺というお寺の名前を知る人は少ない。実のところ、以前から随分気になってはいるのだが、訪問したことがない。



ここでも着物姿が目立つ。外国からの観光客も着物を着ている人が随分多い。女性ばかりでなく、男性も多い。この数年の間に、京都での着物レンタル業は急成長しているようだ。



高台寺横の通称「ねねの道」で御陵衛士屯所跡を見つける。伊東甲子太郎や藤堂平助ら、新選組の尊皇派が脱退して結成された組織だ。当然、御陵衛士と新選組は激しく対立するのだが、今の政治でも似たようなことが多い。



円山公園を突き抜けて、浄土宗総本山、知恩院にやってきた。立派な山門だ。いや、知恩院では三門というそうだ。この奥にある御影堂は8年もかけての大修理が行われている。左甚五郎の忘れ傘も長らく見ていない。



偶然、粟田神社の祭礼に出くわす。剣鉾に先導された神輿が町を練り歩くようだ。丁度休憩中だったので、剣鉾に付けられた鈴の音色は聞けず終いだった。



京都で最も格式の高いホテルとして君臨してきた都ホテルだが、随分前にウェスティン入りしてしまった。未だに「ウェスティン都ホテル京都」と言われてもピンと来ないが、正門脇には今も「ミヤコホテル」との古い文字が残っている。



蹴上から山科に向かって、旧東海道の坂を上っていく。古くから東国から都に入る交通の要衝であるとともに、江戸時代には、都のはずれにあって、磔、獄門、火炙りなど、幾多の公開処刑が行われたところだ。



琵琶湖や東海道を経由しての物資の搬入ルートとしても重要な道で、何度も峠の切り下げが行われ、さらに車石舗装がなされ牛車などのためのレールもあったようだ。それにしても、旧東海道が、今では京都府道143号線になっているとは、格落ち感が半端ない。



さらに進むと、旧東海道は府道から分岐して、ひどく細い道になる。車一台が何とか通れる幅しかない。かつての日本随一の街道は、これほどに狭かったのだろうか・・・。



山科の本圀寺にやってきた。本日4つ目のスタンプポイントだ。幕末には鳥取藩尊皇派が佐幕派重臣を殺害するという本圀寺事件の舞台となったところだが、当時の本圀寺は六条堀川にあったそうで、この地に移転したのは40年ほど前とのことだ。幕末維新スタンプラリーも、山科区代表選出には苦労したのではなかろうか。



驚いたことに、加藤清正を祀る清正宮があり、金ピカの鳥居になっている。加藤清正が本圀寺の熱心な支援者であり信徒だったそうだが、秀吉ならともかく、清正って、こんな派手なイメージではないのだが・・・。



琵琶湖疎水に沿って、山科駅まで歩いて、今日はお終い。




やっとのことで、ゲットしたスタンプは11個。京都の西から南にかけての嵐山~桂~伏見という長距離ウォークで、あと1日で残り4つを片付けたいものだ。



歩行軌跡。17km強しか歩いていない割には暑くて疲れた。この3連休はゴルフ、ウォーキング、ウォーキングと、健康的に過ごすことができたが、週明けに相当疲れを持ち越しそうだ。

 
 
 


岩倉~上賀茂~二条城~黒谷(京都幕末維新スタンプラリー)

2017年10月8日(日)


先日は、京北町の山國護国神社のスタンプをひとつゲットするに留まった、「京都幕末維新を歩こう!スタンプラリー」だが、今日は、残る14のスタンプポイントをなるべく数多く歩き回りたいものだ。最低でも6ヶ所、できれば9ヶ所が目標だ。



地下鉄の北の終着駅、国際会館駅からスタートし、まずは岩倉具視が隠棲した旧宅を目指すが、道を誤ってスタートから随分ロスをしてしまう。叡電岩倉駅にやってきた時には既に結構汗ばんできた。比叡山が線路の向こうに見える。出発直前まで、比叡山に登るつもりだったのだが、止めて良かった。随分暑い日になりそうだ。



学生時代に左京区に4年間住んではいたものの、岩倉という土地にはさほど詳しくない。道に迷ったせいで、 岩倉実相院まで2km半ほどの道程に1時間も掛かってしまった。



実相院にほど近く、岩倉具視が蟄居していた「幽棲旧居」があり、ここがスタンプポイントになっている。スタンプは無料ゾーンにあるというが、このような小さな施設では、スタンプだけ押してサヨナラ、というのは難しい・・・。



岩倉から、次なるスタンプポイント、上賀茂神社に向かう。熊出没注意の貼り紙がある。今年の7月に目撃されているらしい。山に近いとはいえ、こんな住宅街にまで熊がやってくるとは驚きだ。



松ヶ崎の山を越えて、深泥池までやってきた。池の周囲も湿原が広がり、貴重な水生植物群が生育し、国の天然記念物に指定されている。なかには氷河期の生き残りまで見られるらしい。長い歴史を有する京都に、このような手付かずの湿地が残っていることが不思議に感じる。



深泥池から少し歩くと、上賀茂神社に仕える神職が住まう町「社家町」が広がる。上賀茂神社からの清流を挟んで、土塀で囲まれた趣のある家々が並ぶ。京都のなかでも独特の風情が感じられる街並みだ。



上賀茂神社。今年に入って2度目の訪問となる。孝明天皇が攘夷祈願のために行幸されたということで、幕末維新スタンプラリーのスタンプポイントに選ばれたようだが、理由がちょっと弱いなぁ・・・。北区には他に適当なところが無かったのだろうか。



何かと物議を醸している御朱印ブーム。ここでも長い行列ができている。どうやら、最近朱印受付の建物を増設したように見える。中では2人の神職がせっせと揮毫・押印をしていた。御朱印収集はスタンプラリーではないとの声をよく聞くが、全く同感だ。しかしスタンプラリーもやり方によっては、大変な苦行になることも知ってもらいたい。



上賀茂神社から二条城を目指して、堀川通を南下していると、御土居の跡が見られた。秀吉が京都の四方を囲むように建設させた土塁の跡が今も残っている。おそらく御土居の北端になはずだ。



世界文化遺産に特化した道路標識。芸の細かいことに、城と寺のピクトグラムを使い分けている。おそらく神社用にも別のピクトグラムがあるに違いない。



かつて水の流れがほとんど見られることのなかった堀川だが、いつの間にやら、すっかりと親水ゾーンに生まれ変わっている。



二条城にやってきたが、大政奉還150周年で大改修が完了したこともあってか、大変な行列ができている。



二の丸御殿唐門。金が散りばめられているが、色彩も彫り物も、金色に負けることない存在感を発揮している。



休憩所には、スタンプがズラリ。どうも最近、京都はスタンプラリーが多すぎるように思える。まあ、せっかく観光に来てもらっているのだから、少しでも楽しんでもらおう、ということなんだろうが。



丸太町通を東に向かう。見慣れたはずの京都御苑でひとつ新発見。京都御苑って、宮内庁ではなく、環境省の管轄になっている。公園扱いということなんだろうか。皇居の二の丸庭園は宮内庁が管理していると記憶しているのだが・・・。



御苑を取り巻く外壁の瓦には、しっかりと菊紋が施されている。御苑は環境省だが、御所は宮内庁なのかもしれない。



本日4つ目のスタンプポイント、京都御所の東に隣接する京都市歴史史料館の南に新島襄の旧宅があるのを発見。何度も歩いている道なのに、歩くたびに新しい発見がある。



丸太町通をさらに東へ。東大路との交差点に熊野神社がある。学生時代には毎日のように通った道だし、バス停名にもなっているので良く知っているつもりだったが、境内に入るのは今日が初めて。予想どおり紀州熊野大神を勧請したもので、八咫烏がアチコチにあしらわれていた。



さあ、本日5つ目のスタンプポイント、黒谷の金戒光明寺にやってきた。京都守護職に任ぜられた会津藩主松平容保が本陣を構えたところだ。この神社、とても広大で風格もあるが、その割に観光客も少ない。常々京都観光のお薦めポイントだと思っている。



今回初めて、境内の奥にある会津墓地を訪れる。松平容保とともに、幕命に従い、一途にに京都の治安を守ろうとした会津藩だが、数百名の藩士がこの地で命を落としている。会津藩の無念さを思うと心が痛む。



修験道の中心寺院といえる聖護院地区を西に戻る。聖護院そのものより、八ッ橋と大根が有名かもしれない。しかし消防倉庫に掲げられた大根をモチーフにしたと思われるキャラクターは、聖護院大根にしては、随分長細いように見える。



三条大橋を西に渡る。鴨川の河原には、カップルが大勢腰を下ろしている。昔は、鴨川のカップルは少しずつ距離を空けて等間隔で座っていたものだが、今は座る場所の確保も難しい混雑ぶりだ。



坂本龍馬が匿われていたという酢屋。当時の建物が今も使われているらしい。当時は材木商を営んでいたはずだが、今は木工芸品を扱う店になっているようだ。本日6つ目のスタンプをゲット。



酢屋がある三条通のひとつ南の通りが「龍馬通」と名付けられている。元々名前があった通りではなかったのかもしれないが、伝統ある通り名を大切にしている京都の田ノ字地区にしては安直なネーミングではなかろうか。



本日の散策軌跡。最低目標のスタンプ6つは辛うじて達成するに留まる。疲れた・・・。

 
 
残るスタンプは8つ。どう頑張っても、1日で歩きとおせるものではない。少なくともあと2日は必要だ。