沿線散歩(2) 飛鳥

2012年11月18日(日) -②



吉野線スタンプラリーに続いて近鉄・阪神・山陽の沿線散歩のコース(2)の制覇を目指す。

沿線散歩では、岡寺駅⇒亀石⇒板蓋宮跡⇒飛鳥寺⇒甘樫丘⇒橿原神宮前駅と歩くようになっている。板蓋宮跡や甘樫丘は渋い選択だが、高松塚、石舞台、岡寺など、横綱級の名所をいくつか外した、小じんまりとしたコースだ。そこで飛鳥駅を起点にしてひと回り大きく飛鳥を歩く。


まずは、欽明天皇陵を目指して歩く。欽明天皇は仏教伝来の時の天皇で、推古天皇など4人の天皇の父、聖徳太子の祖父である。在位32年間と当時としてはかなりの長期政権だ。



欽明天皇陵の近くにある、猿石。欽明天皇の孫にあたる吉備姫王の墓所内に設置されている4体の石像だ。猿石とは名付けられているが、どうやら渡来人の姿を象ったものらしい。



鬼の雪隠。もともとは石棺の蓋だったものが、何かの拍子で転がり落ちてきたものらしい。それにしても雪隠とは見事な命名だ。



こちらが石棺の底の部分で、鬼の俎板と呼ばれている。被葬者は不明のはずだが、宮内庁の管理となっている。この俎板の一部は割られていて、高取城築城の際の石材になったそうだ。



欽明天皇陵から続く遊歩道に、亀石の手前の道路を渡る地下道ができあがっていた。昨年訪れた際に工事をしていたが、まさか地下道を作っていたとは・・・。大した道路を横断する訳でもなく、信号ひとつ付ければ十分のようにも思えるんだけど。



謎めいた石造物が多い飛鳥だが、その代表選手とも言えるのが亀石。大昔、奈良盆地が大きな湖だった頃、この地の対岸の当麻が争って、当麻のヘビが水を吸い上げて、湖の亀が全滅したそうだ。この亀石が西を向く時、奈良盆地は再び湖面に沈むのだそうだ。



橘寺。聖徳太子の生誕地と言われるが、この中に厩戸があったのだろうか。橘寺は、外塀が低いため、入場料を払わずとも、内部が大体見えるので、中に入ったことがない。



再び沿線散歩のコースから外れて、石舞台古墳に向かう。石舞台公園では、飛鳥時代の服装を試着する催しが人気を呼んでいた。



石舞台古墳。いつの頃からか、植栽で公園と仕切られて、入場料が必要になった。今日は「関西文化の日」で、多くの博物館や美術館が無料になる日なんだけど、古墳や寺社は対象外のようだ。でも植栽越しでも、古墳は十分見えるのだ。我ながらケチだと思う。



岡寺の参道入口付近にある犬養万葉記念館。これまでは素通りだったんだけど、関西文化の日で無料になっていたので、初めて入館した。



犬養万葉記念館の前にある「書状集箱」。明治初期の郵便制度草創期の形式だそうだ。なんと現役のポストで、写真の撮影が終わるまで、封書を持った若者が投函を待ってくれていた。



再び沿線散歩のコースに戻り、伝飛鳥板蓋宮跡へ。飛鳥の板蓋宮跡と伝わる地、ということだ。天智・天武両天皇の母にあたる皇極天皇の宮殿だそうだ。井戸などの遺構が復元されている。



日本最古の本格寺院と言われる法興寺を前身とする飛鳥寺。優しいお顔の飛鳥大仏で有名。


飛鳥寺の梵鐘。誰でも自由に撞くことができるので、修学旅行の団体などがいると、大変な騒ぎになる。どういう訳か今日は鐘楼の周りに誰もいなかったので、久しぶりにひと撞きした。深く余韻のある音色だ。

 
 
飛鳥寺の開祖は蘇我馬子で、蘇我氏の氏寺。そのためか、大化の改新で討伐された馬子の孫、蘇我入鹿の首塚が、飛鳥寺のすぐ横にある。馬子の墓と言われる石舞台古墳の豪勢さとは比べようもない質素なものだ。
 



甘樫丘から橿原市内を遠望する。手前の山が畝傍山で、向こうに見えるのが二上山。当麻の町は二上山の麓だから、亀石が西を向くと、広大な地域が湖に沈むことになってしまう。



飛鳥のスタンプラリー。もう何年も前、飛鳥全域に渡って設置されている全12個のスタンプを集めた。その時でさえ、スタンプがかなり傷んでいたんだけど、さらに傷みが激しそうだ。



甘樫丘にあった飛鳥京絵図。とても判りやすい。以前からこのような地図が欲しかったのだ。



橿原神宮前駅に向かって歩く。紅葉は先週よりさらに進んでいい感じになっていた。



橿原神宮前駅に到着。ここで、沿線散歩のゴール駅スタンプを押してもらい、吉野線スタンプラリーの賞品を貰う。

 
 
なんだか、今日は、観光ガイドブックのようなブログになってしまったなぁ・・・。
 

まとめ

1日分(吉野線スタンプラリー + 沿線散歩)の合計
 
歩行距離  15.5km
所用時間  277分 (4時間37分)
歩数     24400歩 (しっかり 11100歩)