高石市臨海部散策

2013年4月13日(土)



早朝の地震で叩き起こされて、緊急出社。幸いトラブルも無かったが、今日の予定は全てキャンセル。しかし折角の好天なので、高石市の臨海部を散策してみることにした。

高石市の何と4割は、埋立地で、堺・臨海コンビナートの中核となる工場群が林立している。石油・ガス系の事業所が多く、球形や円筒形の様々な型式のタンクが並んでいる。


石油精製や化学プラントも多く、煙突や蒸留塔などの装置が空高く聳えている。



そんな、臨海工業地帯の最先端部に近い高砂公園には、かつて紀州街道に架けられていた伽羅橋が移設されている。もとは、花崗岩製の橋梁に、香木の橋板を載せた贅沢な橋だったそうだ。登録有形文化財にも指定されている、高石市は、由緒ある橋を、どうして元の場所から4キロ近くも離れた工場地帯に移設したのだろうか・・・。



工業地帯とはいえ、付近の工場は環境に配慮した設備となっているようで、異臭や騒音も感じられない。緑地帯もしっかりと確保されていて、道幅も広い歩道は、とても快適だ。



元々の陸地と、埋立部との間には、浜寺運河と呼ばれる広い水路がある。プレジャーボートで遊ぶ人、釣りをする人、ジョギングをする人など、人それぞれの楽しみ方で休日を過ごしている。



高石大橋を渡って、元々の海岸であったと思われるところに、かつての高石市民会館がある。隣の図書館ともども、廃墟同様になっている。中途半端な場所に建てたので、利用者が少なかったのだろう。今は高石駅前に新しいものができている。こちらは、どうするつもりなのだろうか・・・。



南海電鉄高師浜駅。羽衣から僅か1.5kmの高師浜線の終着駅だ。かつて南海電鉄が高級住宅街開発に併せて設置したと言われるミニ路線だが、近年は廃線の噂が絶えない。それもそのはずで、南海本線の高石駅から1kmも離れていない。



高師浜線は、この地の幹線道路である旧国道26号を渡っているため、40年以上も前に高架化されている。高架下は、公園や遊歩道になっている。



もとの伽羅橋があったところに、大雄寺跡の碑がある。浜寺という地名の由来となった寺で、南北朝時代には、南朝方の拠点にもなっていたところだ。案内板によると、このとき北朝方の拠点となって、大雄寺と対立していたのが、津久野の家原寺だそうだ。



銀装のカステラ工場。カステラの切れ端を安く売ってくれるアウトレットショップが、工場の前にある。



 JR羽衣線の東羽衣駅。鳳との間に駅は無い。高架化された駅の線路は、さらに西に向かおうとしているようにも見える。高師浜線と連結するとの話が昔からあったが、南海本線の高架化工事が進み、羽衣駅もリニューアルされるが、JRと南海の距離は縮まるのだろうか。



最近、高石市は「天女の住まう街」というキャッチコピーを多用している。美保の松原など、有名な羽衣伝説は全国各地にあるが、残念ながら、この地には、羽衣という地名があるだけで、特に昔話も聞かないし、モニュメント類も見当たらないように思うんだけど・・・。



さらに歩くつもりだったんだけど、朝早く起きたせいか、眠くて、だるい。今日はこれにてお終い。

 

まとめ

歩行距離  5.5km
所用時間  94分
歩数     9800歩 (しっかり 5600歩)