亀岡駅~老ノ坂~西京極球場

2013年5月1日(休)



一昨日に敢行した、京都から大文字山を越えて皇子山球場に行く、という狂気じみた野球応援の第二段として、今日は、亀岡から老ノ坂を越えて西京極球場に行ってみよう。1582年の本能寺の変で、明智光秀が軍勢を進めた道を歩くのだ。


会社は公休なんだけど、カレンダーでは平日。朝6時過ぎに家を出たが、電車のなかは、サラリーマンや学生がほとんど。7時半の亀岡駅も、普段の平日の光景のようで、ラフな格好にリュックを背負っていると、どうも申し訳ないような気分になる。



亀岡城(光秀の時代は亀山城)の跡には、「亀岡光秀まつり」の幟が多数掛けられていた。明後日には、武者行列などで町中が賑わうだろう。さぁ、亀山城を出立した光秀軍1万3千の一員になった気分で、京都を目指すのだ。



昨秋、宝探しイベントに参加して亀岡の町中をウロウロした際には、気付かなかったのだが、城跡のすぐ南側に「H商店街」という商店街がある。Hって何だ?A商店街とかB商店街もあるのか?エッチでなくてエイチということは、英知とか叡知か?何かの頭文字か?などと疑問は尽きない。帰宅して調べてみると、商店街の形状がH型になっていることに由来しているそうだ。



国道9号線をバカ正直に歩くつもりだったが、幸運にも、旧山陰街道の標識を発見。



車が多い国道を歩くより、よほど気持ちよく歩ける。旧街道というのは、道の左右の建物や標識に目配りできる道幅になっているように思う。



愛宕山の常夜灯を、この街道に沿って2つ見つけた。亀岡において愛宕山が特別な信仰の対象であったことが窺える。光秀も、この山陰道を行く本隊とは別に、「明智越え」と呼ばれる愛宕山経由の道と、「唐櫃越え」と呼ばれる松尾大社方面に向かう道に、別働隊を向かわせたようだ。



亀岡の街外れで、街道は途切れて、国道9号線に合流してしまった。予想はしていたが、歩道が無い・・・。交通量の多い幹線道路の路肩を歩くのは極力避けたいのだが、仕方ない。格式高いシングルナンバー国道なんだから、歩道くらい付けろよ!



国道9号線の路肩を、車に気を使いながら歩いていると、京都縦貫自動車道の「めがね橋」が見えるあたりまでやってきた。ここで「山陰古道」と書かれた標識を発見し、そちらに向かう。この後に控える老ノ坂トンネルのことを考えると、路肩を歩くより、遠回りの山道の方がいい。



それらしい方向に歩いて行ったものの、施錠された金網に行く手を阻まれてしまった。30分ほど、あちこち彷徨ったが、どうやら、この山陰古道は、めがね橋から亀岡方面に繋がっているもので、老ノ坂を越える道ではないようだ。仕方なく、再び9号線の恐怖の路肩歩きに戻る。



トンネルで路肩を歩くのはヤバイなぁ、と思っていたが、案ずるより産むが易し。なんと歩行者・自転車用のトンネル(左側)が、自動車用(右側)とは別に設置されている。ここまで歩道さえ無かったのに・・・。きっと、トンネル内で事故でも多くあったのではないのか、と想像してしまう。何といっても、老ノ坂って、京都では有名な心霊スポットだからねぇ・・・。



トンネルを越えて、京都市内へ入ったが、やはり歩道は無い・・・。



京都縦貫道の現在の終点、沓掛までやってきた。さらに長岡京に向かって延伸工事中だ。ここで休息をとった明智軍は、この最後の分岐点で中国道に向かうことなく、東に進路を取った。諸説あるが、世に言う「敵は本能寺にあり」と発せられたと考えられるのが、この沓掛なのだ。



沓掛で休むこともなく、再び見どころのない道をセッセと歩く。田舎の風景から、少しずつ市街化された町並みになっていく。未だ行ったことのない京大の桂キャンパスに立ち寄ることも考えたが、先を急ぐ。もっとも、山陰古道を彷徨ったロスが響いて、試合開始には間に合いそうにない。



国道9号線には、1キロおきに、烏丸五条までのサインポストが設置されている。烏丸五条と西京極の間は、歩いて1時間くらい(帰宅後調べると、4.3キロだった)と思われるので、西京極までは、残り2キロほどのはずだ。もう一息。



歩いていると、何かしら面白いものが発見できるのだけど、今回は見つからない。と諦めかけていたところ、お風呂に入っているマネキンを発見。結構リアルでドキッとさせられる。浴槽などを扱うお店のようだ。



ついに桂川にやってきた。先日登った愛宕山がよく見える。午後9時頃に亀山城を出立した明智光秀軍が桂川に到着したのは翌未明だったそうだが、トンネルを使ったものの4時間弱で到着できた。光秀は、桂川の手前で待機して、重臣の斎藤利三を本能寺に向かわせたと言われるが、きっと愛宕山に向かって、信長討伐成功を祈り続けていたことだろう。



さあ、試合開始に30分ほど遅れてしまったが、本能寺ならぬ、決戦の場、西京極球場に向かう。



が、試合は、思わぬ大敗。この後、四条堀川にある本能寺址まで歩くつもりだったが、意気消沈して取りやめ。阪急西京極駅から、まっすぐ帰宅した。

 

まとめ


歩行距離   17.5km (+山陰古道で1~2kmウロウロ)
所用時間   250分 (4時間10分)
歩数      28500歩 (しっかり 25300歩)