阪和貨物線探索(杉本町~加美)

2013年5月19日(日)


昨日のゴルフの疲れも残っているし、午後からは雨の予報でもあるので、JR杉本町駅から、平野区の加美に向かって、阪和貨物線の跡をのんびりと探索してみることにする。

先日探索した城東貨物線が、おおさか東線として蘇ろうとしている一方で、阪和貨物線は、平成16年に休止、21年に廃止となり、貨物線の面影も無くなりつつあると聞くが、杉本町駅には、辛うじてレール跡が一部残されていた。長年懸案であったが、昨年末についに設置された大阪市大側への出口(東口)に向かう駅構内の陸橋から、貨物線の様子を見渡すことができる。



住宅街の中に、貨物線の跡が残っているが、レールは既に撤去されている。鉄道跡にはフェンスがあって入れない。線路跡を確認するため、南側と北側の行き来を繰り返し、何度も線路跡を渡りながら歩く。



あびこ筋は、大和川を渡るかなり手前から、阪和貨物線を避けるために、高架になっているようだ。



住吉区内では、レールは殆ど撤去されてしまったようだ。かつて、ここがJRの貨物線であった痕跡は、線路内立入禁止(といっても、線路は無いのだが・・・)などの注意看板くらいだ。



東住吉区に入り、行基大橋を渡る。このあたりでは、掘割のようなところに線路が設置されていたようだが、草が生い茂って、峡谷のようになっている。いや、遺構と言うべきかも・・・。



近鉄南大阪線を潜る手前に、ついに踏切跡を発見。ここが踏切であったことを隠そうとしているように、警報機には蔓草が絡みついている。

 
 
踏切内には、辛うじてレール跡が残されていた。滅多に人が通るとは思えないところだけに、草がレールを覆い尽くすのも時間の問題かもしれない。
 



線路脇を歩く道が無いため、大和川の土手を歩くことが多くなる。今年2月、大和川を、奈良の三郷から、河口まで歩いたが、阪和貨物線のことなど頭になかった。しかし、路線のかなりの部分が、大和川の土手のすぐ内側を走っているのだ。矢田付近では、線路跡は、整地されているところが多くなる。このあたりは、松原市が大和川の北側に入り込んでいるところだ。



このあたりでは、未だ使えそうな踏切が、いくつか残っている。



住道第一踏切とある。大東市にある住道は「すみのどう」と読むが、こちらは「すんじ」だ。大阪でも最難読地名のひとつと言えよう。この阪和貨物線は、矢田住道のあとも、瓜破、喜連、加美鞍作と、難読地を辿っていく。



踏切の遮断機が、草むらに埋もれている。



しばらく進むと、遮断機のポールが立てかけられている。固定具が付いているところを見ると、踏切にあったものではなく、もともと予備用として、線路脇に設置されていたものかもしれない。

 
 
この踏切の制限高さは4.5m。列車に電気を送る架線の高さによるものだろうが、その架線も既に撤去されている。
 



再び線路跡は、堀切のようなところを進む。開渠方式で鉄道が敷設されているところは多く見られるが、それは、パワーの無い列車を走らせていた時代、線路の勾配をなるべく抑えるための工夫と勝手に想像していたが、このような平坦地では、この自己流の仮説は通用しない。



瓜破霊園のあたりで、阪和貨物線は、大和川から離れて緩やかな弧を描きながら、北に進路を変えている。ウィキペディアによれば、阪和貨物線の前身は八尾空港への引込線だったそうだ。このあたりから八尾空港に向けて分岐があったはずだ。現地では判らなかったが、帰宅して地図を調べてみると、八尾空港方面に向かう、明らかに鉄道跡と判る道があった。



どこまでがJRの土地なのか、よくは解らないが、鉄道跡の脇から、さまざまな用途に浸食されているように見える。



出戸のあたりまで来ると、明らかなのだが、阪和貨物線は、結局単線のまま廃線となったが、かなりの区間で複線分の土地を有していたようだ。これらの土地は、今後どのように活用されるのだろうか。



喜連の辺りで、幹線道路と交差している。ここには、しっかりとした踏切があったはずだ。




しかし、しばらく進むと、長吉から先は、徐々に高度をあげ、高架になっていく。よく見ると、高架部分には、レールがまだ残っているようだ。


道路を渡る鉄橋。腐食が進んでいて、何とも危なっかしいが、もうこの上を列車が走ることは無いと思うと少し寂しい。この辺りは、八尾市の竹渕。大阪市平野区を抉るように、八尾市が食い込んでいるところだ。



平野川を渡る鉄橋。阪和貨物線で、唯一、川らしい川を渡るところだ。下から覗き込むと、枕木などが良く見える。こちらは、まだ使えそうな感じだ。



正午を過ぎると、天気予報どおり、雨が降り出した。平野川を泳ぐ鴨の親子も、水から出て、どこか雨を凌ぐ場所を探しているようだ。



国道25号線を渡る高架。20年ほど前には、よく車で走った道だけど、貨物列車が走っているのを見た記憶が無い。



雨は次第に強くなってきたが、ここまで来たら、加美まで歩き切るしかない。阪和貨物線の高架は、コンクリートの橋梁方式に変わってきている。完成した当時は、かなり洒落たものに見えたのではないだろうか。



高架の上には、信号機が未だ残っていた。今日歩いて、見つけることができた唯一の信号だ。どんどん鉄道設備が撤去されているため、次来た時には、もう見られないかもしれない。



関西本線に近づくにつれ、阪和貨物線は、高度を徐々に下げていく。この鉄橋の下の道の高さ制限は、2.2mしかない。



手前の踏切が、高架から下りてきた阪和貨物線。その向こうの高架が関西線だ。ゴールの加美駅まで、もう一息。



アップダウンの無い街中歩きなので、新しく買った靴の試し履きのつもりで気楽に歩き始めたが、新しい靴のせいか、昨日のゴルフの疲れのせいか、終盤に雨が降り出して急いだせいか、加美駅に着いた途端、左足の足首が痛いことに気付いた。


まとめ


歩行距離   10~11km
所要時間   228分 (3時間48分)
歩数      21300歩 (しっかり 16700歩)