HUNTER×HUNTERスタンプラリー

2013年12月29日(日) ②



奈良・春日山原始林をハイキングした帰路、近鉄奈良駅構内で、「劇場版HUNTER×HUNTER -The Last Mission -」のスタンプを発見。何だかよく判らんが、上映中のアニメ映画のようだ。



スタンプラリーと見れば、内容は二の次で、取りあえず参加してしまう。さらに鶴橋駅で2つめのスタンプもゲットして完成。これを映画館に持っていくと、ポスターを貰えたりするようだ。



春日山原始林を何時間も歩いて1つのスタンプをゲットしたことに比べれば、達成感は何万分の1ほども無いが、様々なかたちで、スタンプラリーが多少なりとも地域やイベントのプロモーションに一役買っているのを見ると、スタンプラリーストとしては嬉しいものだ。


沿線散歩(3)奈良 &森スタンプラリー(春日山)

2013年12月29日(日)


「森とのふれあいスタンプラリー」も、春日山原始林を残すばかり。今日は、近鉄・阪神・山陽共催の「3社沿線クイズ&スタンプラリー(通称:沿線散歩)」の奈良コースも併せて歩く。

近鉄奈良駅に降り立つと、いきなりクイズになっている銅像が出現。沿線散歩のスタンプポイントは駅だけなので、クイズは、コースを踏破したことをを証明するために、コース半ばで出題されるべきなのだ。阪神なんば線の開通に伴って、沿線散歩に近鉄も加わって何年も経つが、未だ近鉄からのコース設定は、このスタンプラリーの趣旨に外れたものが目立つように思う。



今回の沿線散歩は、奈良公園、興福寺、東大寺、春日大社、新薬師寺といった観光名所をグルッと回る定番中の定番ルートで、新鮮味は感じない。それでも来るたびに、寺社は異なった表情を見せてくれる。今日の興福寺の五重塔は、気温のせいか、とても凛としている。



国立博物館から東大寺大仏殿に向かう道は、人間と同じ数くらい、鹿がいる。歩いている人の半数ほどは、海外からの観光客と見受けられるが、鹿を可愛いと思うのは万国共通のようだ。もちろん、鹿たちも鹿せんべいをくれるならば、誰にだって愛嬌を振りまく。



東大寺の大仏殿。入場はせず、外の柵の隙間から撮影。かなりの人出だ。大仏殿の前までは、毎年のように来る機会があるが、大仏様には20年以上、お目に掛かっていない・・・。



二月堂のあたりで、群れから離れて、とても立ち姿の美しい鹿がいた。



若草山の山麓にやってきた。ここも奈良を代表する風景だ。なだらかな斜面を芝が覆っている。簡単に登れそうな雰囲気だが、標高は300m以上で直接登っても30分ほどは掛かったはずだ。冬季は閉山していて、登山道は使えない。



さあ、若草山の南麓で、沿線散歩のコースを外れて、春日山遊歩道を通って、春日山原始林に入る。これからがウォーキング本番だ。



春日大社の東側一帯の山々が春日山。9世紀以降、狩猟や伐採が禁じられてきた聖域のため、奈良の市街地からさほど遠くないにも関わらず、人の手が加わっていない原始林が維持されている。高木・低木、常緑樹・落葉樹、針葉樹・広葉樹、と様々な木々が混在した森だ。



春日山原始林を一旦外れて、大きく迂回するかたちで若草山の頂上にやってきた。山麓からの風景とは異なり、いくつもの山が重なっていることが判る。笠を3つ重ねたようなので、別名三笠山と呼ばれる。かつて三笠宮家が創立された際、宮家と同じ名前の山を踏みつけるのは畏れ多いと、若草山に改名したと聞く。奈良の市街地から、生駒山まで、眺望は素晴らしい。



3つのうちの最上部、即ち春日山の頂上は、4世紀に造られたと思われる鶯陵と呼ばれる前方後円墳になっている。



奈良奥山ドライブウェイを通って、再び春日山原始林を満喫して歩く。幸い全く車は走っていない。途中、往復1kmほど寄り道して、原始林の北東のはずれにある鶯の滝を見に行く。



鶯の滝から戻り、再び、奥山ドライブウェイへ。春日山原始林の石碑が立っている。



ドライバーにしてみれば、細くてウネウネと走りにくい道なんだろうが、ウォーカーにとっては広くて凸凹の少ない歩きやすい道だ。



春日山原始林の東南の端にある石窟仏。平家が壇ノ浦で滅ぶ前年に製作されたものだ。動乱が続く都を忌避した僧侶がこの地に籠って作り上げたものなのかもしれない。不心得者の狼藉を防ぐため、無粋な金網で囲われていて近寄ることはできない。金網の隙間から写真を撮る。



石窟の前に、「森とのふれあいスタンプラリー」が設置されている。誰が見張っている訳でもない山の中で、スタンプが見つかるのか、また見つけてもスタンプが無事にあるのか、不安な思いで始めたスタンプラリーだったが、見事4つのスタンプポイントをクリアできた。



首切り地蔵。首のところで、割れているが、伊賀上野鍵屋の辻の仇討で有名な、江戸初期の剣豪、荒木又右エ門が試し切りをした跡だと伝えられている。



帰路は春日山遊歩道ではなく、柳生街道を使って奈良に戻る。滝坂の道とも呼ばれるこの道は、石畳が敷き詰められた渓流沿いの道。もっとも、石畳は、かなり乱雑な造りで、表面の凹凸も大きいため、靴底を通して足の裏をかなり痛めてしまった。



街道に沿っては、石仏や岩肌に彫られた観音像などを見ることができる。



約12kmの春日山原始林ウォーキングを終え、春日大社で再び沿線散歩のコースに戻る。初詣の参拝客を迎える準備は着々と進んでいるようで、境内には巨大な仮設賽銭箱が既に設置されていた。



春日大社の周囲には、膨大な数の常夜灯が寄進されているが、これら全てが点灯すれば、周囲は大変な明るさになると思われる。




猿沢池の近くにある、中谷堂という餅屋。高速餅つきのパフォーマンスで有名な店だ。年末になるとこの店を取り上げるテレビ番組が多い。残念ながら、臼と杵は店内にあり、店頭でのパフォーマンスは行われていなかった。



最近全く歩数をカウントしなくなった万歩計に見切りを付けて、新しいものを購入した。数あるものから、階段を上った歩数をカウントするものをチョイス。以前の「しっかり歩数」は無くなり、代わりに「早歩き歩数」がカウントできるようになっている。今日はそこそこの登山だったはずだが、残念ながら階段歩数は僅か900歩ほど。ダラダラとした登り道ではカウントしてくれないようだ。


(写真の早歩き歩数は、奈良でのウォーキング開始以前の歩数を含んでいる)


まとめ


歩行距離    約18km
所要時間    282分 (4時間42分)
歩数       27400歩 (早歩き 18500歩)  
   


【当選】ぐるっとまちじゅう博物館スタンプラリー

2013年12月28日(土)


先月参加した河内長野市の「ぐるっとまちじゅう博物館スタンプラリー」の当選通知が届いた。昨年ダニエル・デイルイスがアカデミー賞主演男優賞を獲得した映画「リンカーン」のチケット2枚。河内長野市文化会館ラブリーホールでのリバイバル上映だ。



それにしても、「河内長野市特産品・施設利用チケットなど抽選でプレゼント」とは書かれていたが、まさか映画チケットが当選するとは・・・。監督はスピルバーグだし、好きな歴史モノなので、興味はあるのだが、上映日は2月の平日。最終の19時でも間に合いそうにない。さて、誰に貰ってもらおうか・・・。



梅田スノーマンラリー

2013年12月23日(祝)


クリスマスまでの約1ヶ月間、梅田界隈でスノーマンフェスティバルが開催されている。梅田の様々な事業者が一緒になって、スノーマンを街中に飾り立てるこのイベントも、徐々に年中行事として定着しつつある。併せてスノーマンラリーと称するスタンプラリーも行われている。



阪急を中心とするAエリア、JR周辺のBエリア、阪神などのCエリア、と北・中・南に分かれた3エリアに各16のスタンプエリアがある。各エリアで10ヶ、さらに5ヶのスペシャルスタンプを集めれば台紙はコンプリートする。35ヶ所も歩き回らなければならないことになるが、狭い地域なので2~3時間もあれば十分だろうと考え、Aエリアにある茶屋町の毎日放送からスタート。



7月に開催された梅田ゆかた祭りのスタンプラリーとスタンプ設置場所が同じところが多く、順調にAエリアのスタンプを集めていく。Nu茶屋町の前には3体のスノーマンがいる。西洋のスノーマンは頭・胸・胴の3段タイプが一般的のため、雪だるまとは呼びにくい。それに、箒を持たせているものが多い。年末の大掃除ということだろうか・・・。



DDハウスの雪だるまは、可哀想に、スタンプを体中に試し押しされていた。



クリスマス商戦真っ只中。各店が豪華な飾り付けで競い合っている。阪急三番街では、広大なスペースを割いたデコレーションで、買い物客のクリスマス気分を盛り上げている。



グランフロント大阪のうめきた広場には、クリスマスムードに溢れた屋台が並んでいる。



JR大阪ステーションシティの時空の広場も、大規模な飾り付けが設置されている。何か大袈裟なイベントが行われそうな雰囲気だ。



梅田大丸では、マスコットのさくらパンダが、スノーマンに扮して店内の買い物客に愛想を振りまいていた。



いつの間にか、大阪中央郵便局のビルが撤去されていた。奥の方に小さな仮設郵便局があり、JRのガード下付近では、年賀状の臨時販売所があったりするものの、大半の土地は更地になって、東北物産販売が開催されていた。



予想以上に時間がかかる。どのポイントを回るかを平面図だけで考えてはいけない。スタンプポイントは、地下2階から地上28階までに分布している。 まさに3Dスタンプラリーと言える。混雑した店内をエレベータで上下移動するより、空いた道を歩く方がよほど早い。ということで、福島のホテル阪神まで足を延ばす。



ハービスPLAZAのクリスマスの飾り付けは、一際豪華絢爛。



ハービスPLAZAのビルから飛び出そうとしているように見えるトナカイのオブジェも、なかなか凝った意匠だ。



ヒルトンプラザのクリスマスツリーも、ロビーの高い吹き抜けを活かした巨大なものだ。



ディアモール大阪のクリスマスツリーも地下街とは思えないほど背が高い。



富国生命ビルにあるスノーマンの飾り付け。今日見て回ったなかで、最も気に入ったものだ。



といった具合に、35のスタンプを無事ゲット。3時間20分も掛かってしまった。スマホの歩数計は15000を超えていた。結構いい運動になった。

駅なら電車、飲食ビルならグラスといった具合に、多用なスタンプが用意されていたが、意味不明のものや、どちらが上なのか判らないものもあったりする。スタンプラリー開始から既に1ヶ月ほども経っているせいか、インクの掠れたものが多かったのは、ちょっと残念。



早速切手を貼って応募はしたものの、当選はしそうにもない。相当な数の人達がスタンプ収集に歩き回っていた。後ろで待たれると、落ち着いてスタンプが押せず、枠からはみ出してしまうことが何度となくあった。


縁結びビンゴ(4)&森スタンプラリー(吉野~高取)

2013年12月22日(日)


「縁結びビンゴスタンプラリー」も既に10ヶのスタンプをゲットし、吉野を残すばかり。ところが吉野に設定された2つのスタンプポイントは、スタンプポイントによくありがちな吉野山ではなく、大和上市駅前の吉野ビジターズビューローと、そこから6kmほど吉野川を上った宮滝。

今日は「森とのふれあいスタンプラリー」の3ヶ所目となる高取城の制覇も目指すため、上市と宮滝の間を往復する余裕はない。そこで、まず朝9時の開館と同時にビジターズビューローでスタンプをゲットし、1日数本しかない宮滝方面に向かう9時03分発のバスに飛び乗る。



宮滝は、かつて吉野宮と呼ばれた離宮が置かれ、持統天皇が何度も行幸し、壬申の乱で大海人皇子が挙兵したところだが、意外にも、吉野川の北にある平地は、かなり狭小だ。興味深い時代なんだけど、スタンプポイントになっている吉野歴史資料館は、なんと冬季休館。休館中にも拘わらずスタンプは玄関前に設置されていたけど、入館できなかったのは、ちょっと残念。



宮滝からは、吉野川の北岸を走るバス道ではなく、南岸にある旧道を歩いていく。岩肌を抉るように流れる吉野川豊かな水量だ。いつも感じるのだが、吉野川の水の色は、とても青い。



しばらく歩いていると、電力会社の水道橋を発見。下から見るとただの橋のように見えるが、上に上ってみると、かなりの水量が橋の上を流れていることが判る。




西に向かって歩いて行くにつれて、吉野杉のメッカだけに、材木置き場が多い。かつては吉野川の水運を利用して運び出されたのだろうが、今では陸運がほとんどではないだろうか。



上市にある桜橋を渡って、吉野川北岸へ。川の北側に連なる山々に、僅かに隙間が見える。この隙間こそ、芋ヶ峠から飛鳥方面に向かう千股川沿いの道が通っているところだと遠目にも良く判る。



千股川は、田舎にありがちな小河川だと思っていたところ、突如、整備された河川敷公園が現れた。人里離れた山間部に不似合な公園だと感じたが、説明板を良く読むと、上流で山崩れがあった場合、ここで土砂や流木を堆積させ、下流での被害を防ぐためのものらしい。



河川敷公園を少し過ぎたところで、県道から、「古道芋峠」の標識がある山道に入る。相当険しい道を覚悟していたが、そこそこ道幅もあり、平坦でとても歩きやすい道だ。落ち葉が路面を覆っているので判りにくいが、簡易舗装も施されている。



治山ダム(あるいは砂防ダムかも)が堰き止めてできた湖沼に半ば水没した白い落葉樹が、山肌を通して差し込む光の中で、幻想的な雰囲気を醸し出している。




といった具合に、呑気に歩いていると、途中から、道幅も狭くなり、路面も悪く、険峻な道に突如変貌してしまった。標高にして、300mほど、悪路を登っていく。持統天皇が、飛鳥から吉野宮に何度となく足を運ばれたのも、この道に違いない。



ようやく県道に戻ってきたところが、まさに芋ヶ峠。芋峠と書かれていたりもする。飛鳥の都に食料の芋を運搬してきた道かと思いきや、調べたところ、芋とは、疱瘡のことで、都に厄病が入って来ることを防ぐ峠ということらしい。

この峠は、大和川系と紀ノ川系の分水嶺。さらに、吉野町、大淀町、高取町、明日香村の4町村の境界となっている。米国には、ユタ、ニューメキシコ、アリゾナ、コロラドの4州の境界線が一点で交わるFour Cornersという名所があって、四つん這いになって4州を同時に制覇できるようになっているらしいが、芋ヶ峠にも、4本の境界線を地面に描けば面白いのに・・・。



芋ヶ峠から、再び山中に入り、高取城に向かう。事前に調べたのだが、この道が良く判らない。営林局が建設した林道から入るのが無難そうだと思っていたのだが、山道に入る標識があったので、意を決して暗くて深そうな山に足を踏み入れる。



勇んで歩き始めたものの、すぐ道なき道を行く羽目になる。ホントにこれでいいのかぁ。人気も足跡も無いし、携帯GPSは利かないし、地形図を見ても良く判らない。登ったり下りたり、急坂が続く。こんなところで遭難する訳には行かない。歩いたところを頭に叩き込みながら進む。



不安一杯で進むが、赤いテープで貼られた「高取城⇒」と書かれた小さな紙片を見つけ一安心。何となく赤いテープや黄色いテープが幹や枝に巻かれている方向に進むが、それが高取城への道を示している保証はなく、その後も不安な山歩きが続く。



眼下に営林局が造った林道が現れた。林道を行けば良かった、と悔やむが、今更林道に下りることもできない。道幅は狭いし、昨日の雨の影響で路肩も緩んでいる。危険な山道を選びながら、今更、安全第一を念じながら、へっぴり腰になりながら難路を進む。



体力や経験を顧みず、無茶な道を選んでしまったが、1時間近く掛けて、ようやく山道を脱出して、なだらかな林道に出る。なんと、道端の草木には、雪が残っている。



ついに、高取城のものと思われる石垣を発見。ところが、この後、歩いても歩いても本丸に着かない。結局最初の石垣発見から本丸まで30分ほども掛かってしまった。高取城の縄張りがいかに大掛かりなものだったのか、身に染みる。



本丸に続く大手門。虎口になっている。山城とは思えない立派な石垣だ。



残念ながら天守閣をはじめとする建築物は何も残っていないが、何重にも石垣を張り巡らされたこの城が、相当な堅城であったことは容易に想像できる。江戸時代、ここに封じられた植村氏が、当時主流となっていた平城を新たに築くのではなく、南北朝以来の山城を使ったのは、それだけこの城郭が立派なものだったからだろう。



典型的な野面積の石垣。関ヶ原以降に広まったと言われる打込み接ぎや、切込み接ぎより、歴史の重みを感じさせてくれる。



天守台から吉野方面を望む。大台ケ原などの山々は、冠雪している。



芋ヶ峠から高取城までの道のりは険しかったが、一般的な高取城への登山道となっている壺坂山からの道も、急坂が続く難路。幕末、天誅組は、優位な兵力にモノを言わせて、この堅城を攻めにかかったが、敗退を余儀なくされたのも頷ける。もっとも天誅組は、城に攻めかかることもできず、麓での戦闘で撃退されたとも聞く。

城への登り道の途中、猿石が設置されている。飛鳥にある猿石に似ているが、それもそのはず、この石も、飛鳥で発掘され、もとは、高取城建設の石材にすべく運んできたもののようだ。



標高500mを超す本丸から、標高100mくらいまで山を下りきったところに、史跡高取城址の石碑が立っている。まさに、この碑より上、山全体が高取城なのだ。



高取藩が政務を行い、多くの藩士が居を構えた土佐街道付近では、「土佐街道まち歩きクイズラリー」が開催されていた。以前訪問した際には、侍姿の案山子の門番が立てられていた家老屋敷の門前にもクイズが貼りだされていた。結構難問だ。



まち中にある公園では、既に正月飾りと思われる案山子風のアートが展示されていた。良く見ると地元の老人会の作品のようだ。昨年、膨大な数のビールの空き缶で高取城を再現してギネス記録に認定されたが、これも高取町のシルバーパワーの結集によるものだと聞く。



ご自由にお持ち帰りください、と、民家の玄関前の駕籠のなかに柚子が置かれていた。そう言えば、今日は冬至・・・。随分日が短くなったものだ。


  
 無事、縁結びビンゴ・スタンプラリーは、コンプリート。



森とのふれあいスタンプラリーも、高取城で3つ目のスタンプをゲットできた。




しばらく前からおかしい、とは思っていたが、ついに歩数計が歩数を全くカウントしなくなった。長年いつもポケットに入っていた相棒のような存在だが、新しい歩数計を買うことにしよう。それまではスマホ内臓の歩数計で間に合わせる。


まとめ


歩行距離    約22km
所要時間    7時間10分
歩数       30400歩