官兵衛スタンプラリー(姫路書写・青山・英賀)

2014年1月26日(日)


昨夜からの雨が少し残っていたが、天気予報を信じて、2日続けて「黒田官兵衛ゆかりの地スタンプラリー」のため姫路に出掛ける。最初の目的地は霊峰書写山。姫路駅から麓のバス停へ。当然のことながら、ロープウェイには乗らず、歩いて西国二十七番札所、円教寺に向かう。



事前に調べたところ、書写山に通じる道は合計6本ようだが、もっともポピュラーと思われる「東坂」から登ることにする。ところが登山口に至る細い道が消防隊によって塞がれている。なんと、木造住宅が火災で全焼し、鎮火後の現場検証中のところを通りがかったようだ。



気を取り直して東坂の登攀口へ。かつて書写山が女人禁制だった頃の女人堂だったと言われる如意輪寺のお墓の横から石段を登っていく。



岩がむき出しで、ゴツゴツした坂が続く。こんなことだろうと、今日は厚底のトレッキングシューズを履いて来たのだ。



登山口から丁石が設置されている。丁石は、山に登る際の励みになるんだけど、一体何丁まであるのだろうか・・・。山に入ると、頂上も見えなくなり、残りどの程度か、判らなくなることが多い。



「世界一小さな池」との案内板が付けられた宝池。確かに直径50cmも無いのだが、ただの水溜りという感じもしなくもない・・・。



路傍には、石仏やら石碑やらが多く見られる。ひどく薄っぺらい、石板のような仏様もいらっしゃる。



どうしたことか、天気予報に反して雨が降ってきた。それなのに、道はますます険しく、岩肌むき出しの坂が行く手に立ちはだかる。



砥石坂と名付けられた、平べったい岩が続く坂道。雨で路面が濡れて、滑りやすそう・・・。



登リ始めて30分ほどで、ロープウェイの山上駅に到着。かなりの降りになってきたこともあり、ロープウェイの駅舎で20分ほど雨宿り。麓からのロープウェイの写真などを撮って時間をつぶす。このロープウェイは姫路市営。かつては、モノレールやバスも姫路市営でやっていたけど、モノレールは早々に廃止、バスも事業譲渡してしまって、今やロープウェイが唯一の市営交通だ。



雨は止まないが、いつまでも雨宿りという訳にはいかない。意を決して800mほど先にある天台宗別格本山円教寺の摩尼殿を目指して歩き始める。何故だろう、天気予報では雨なんて言ってなかったのに、みんな傘を差している・・・。



円教寺摩尼殿。さすが西の比叡山と呼ばれるだけの歴史と風格を感じさせる。秀吉が別所長治の離反で毛利との挟撃される格好になった際、官兵衛の勧めで、暫くこの難攻の地に陣を置いた。秀吉軍を見た円教寺の僧侶は蜘蛛の子を散らすように逃げ去ったと伝わるが、そりゃそうだろう、天台宗総本山の比叡山延暦寺は、ほんの数年前に信長の焼き討ちにあっているのだ。



摩尼殿で無事スタンプをゲット。雨もようやくやんできたが、奥の院など、円教寺境内を散策するのはやめて、次のスタンプポイントである青山を目指して下山することにする。再び同じ東坂を下りるのは面白くないので、六角坂を行こうとしたら、バリケードで閉鎖されている。



車(もちろん許可車のみ)が通れる西坂から下りることにする。面白くなさそうな道だが、仕方ない。歩いてみると、東坂と違って石仏などもほとんど無いが、舗装もされておらず車も通らない。快適に歩を進めていく。



ところが道は次第にひどい急坂に。こけたら、どこまでも転がっていきそうな道だ。こんな急坂、たとえ許可してもらっても、車で上り下りするのも御免蒙りたい。不思議なことに、麓の丁石が一丁だった東坂と異なり、西坂では上から一丁、二丁、となっていて、麓が十八丁になっていた。



書写山を下り、住宅街やら山道を通って南へ南へと進む。地図も見ることなく、太陽のある方向に道を選ぶ。書写台の住宅街を抜けたところで、夢前川の支流、菅生川の川岸に出る。



JR姫新線の余部駅。姫路駅から2つ目の駅だが、随分遠く感じる。駅前にある白ポストには、「青少年に有害な、本、ビデオ、DVDなどを入れてください」と書かれている。最近見なくなったように思っていたが、未だこんなのがあるんだ。もっとも昔はDVDなんて無かったけど。



余部駅の南の踏切で信号待ち。単線のレールを短い列車が走り抜ける。



青山って遠い・・・。余部から山を大きく迂回して、旧山陽道、国道179号線を歩く。先日、龍野~太子で歩いた道だ。途中、たまごサンドの店を発見。黄金のたまごサンド「ひめたま」とある。これが、なかなか美味い。ふわふわタマゴが薄めのパンからはみ出るくらいにギッシリ詰まっている。



円教寺から2時間以上もかけて、青山古戦場にやってきた。南北から山が迫る隘路なので、敵軍を待ち構えるには格好の地形と言える。予想はしていたが、石碑と案内板があるだけ。関ヶ原などの一部の例外を除けば古戦場なんて、こんなものだ。金網の向こうにはゴルフ場が広がる。

で、スタンプポイントはどこだ、と改めてパンフレットを見ると、15分ほど前に通り過ぎた青山中央集会所。そうと知っていても、太子町との境まで、この石碑を見るためにやって来ただろうけどね。



集会所の傍にある稲岡神社にお参り。青山合戦での戦死者が祀られている。本殿の屋根の造作が凝っている。



神社の石段に、「自動車で階段を降りないで下さい」 の注意書き。ここから車で降りたら大事故間違いなしだが、そんな無茶なことをするヤツがいるのかぁ・・・。



青山の集落の入口にある古い道標。左、備前・九州・金毘羅・宮嶋、とある。なんと大まかな案内なんだ。琴平や宮島が入っているところが、山陽道を行く江戸時代の旅人の往来の様子が見えてくるようだ。ちなみに、右は、因州・伯州・作州・雲州、と山陰方面の地名が並んでいる。



青山から、さらに頑張って、次なるスタンプポイントの英賀に向かう。夢前川の護岸部に設置されている遊歩道を行く。見事な桜並木だ。春になれば、素晴らしい景色が楽しめそうな道だ。



青山古戦場から2時間近くかけて、ついに英賀神社にやってきた。戦国時代には三木氏の本拠地で、瀬戸内の水運の要所ともなっていた英賀城があった場所だ。



拝殿には、奉納された何十枚もの絵馬が掲げられている。



JR山陽線の英賀保に戻り、帰宅。英賀保駅には、レール運搬専用車なる何十台もの台車が停車していた。どうやってレールを運ぶんだろうか。



今日のスタンプは3つ。官兵衛スタンプラリーも全24のうち半数を獲得したことになる。調べてみると、このスタンプのデザインは、この地の版画家によるものらしい。道理で、絵柄や文字は力強く、そして無駄がない。



書写のタクシー乗り場には、「青山まで:およそ2500円」との表示があった。結局2時間余りかけて書写~青山を歩いたのだから、ウォーキングの時給は1000円程度と見なすこともできそうだ。天候は今ひとつだったが、久しぶりに充実したウォーキングだった。


まとめ


歩行距離   19.4km
所要時間   360分 (6時間ちょうど)
歩数      30200歩 (早歩き22300歩、階段1290段)
           ・・・どの程度の石段や坂が階段としてカウントされるのかは未だ謎だ

官兵衛スタンプラリー(姫路増位山・広峯山)

2014年1月25日(土)


姫路の市街地の後背地に、屏風のように連なる増位山と広峯山。この連山のそれぞれの頂上に、黒田官兵衛ゆかりの地スタンプラリーのポイントがある。増位山随願寺と広峯神社だ。

JR姫路駅で乗り換えた播但線は、かつて生野銀山から姫路まで、馬車で銀を運んだ道と同じルートであることから、「銀の馬車道」のデコレーションが施されている。そういえば、このスタンプラリーの主催者は、兵庫県中播磨県民局の「銀の馬車道課」なんだよね。



ICOCAも使えないローカル線なのに、ひどく混雑している。多くはリュックサックにトレッキングシューズ。てっきり最近人気の竹田城あたりに行くのかと思いきや、皆、増位山への登山口に近い野里駅で降りる。どうやら大規模なウォーキングイベントがあるようだ。野里からだと、行き先は増位山と広峯山に決まっている。出発間際の様子の大軍団に先行すべく、山道に取り付く。



途中、地蔵堂などを、ゆっくりと観察していると、やばい、200人以上と思われる大軍団が押し寄せてきた。



先を急ぐが、ひたすら登り道が続く。息があがって途中の小さな広場で休憩。大軍団に追い越されることを覚悟していたところ、大軍団も同じ広場で休憩を取る。結局押し出されるように、先を進むことになる。



野里駅を出てから30分余りで、増位山随願寺に到着。聖徳太子が建立を命じたとか、官兵衛の叔父がここで出家したとか、いろいろとエピソードの多いお寺だが、この山が、大相撲の伝統的な四股名の由来となっていることが最も有名かもしれない。



随願寺にある、姫路藩主榊原忠次の墓所。徳川四天王として名高い榊原康政の孫にあたる。



増位山随願寺から、広峯神社に続く尾根道は、近畿自然歩道になっていて、絶好のハイキングコースだ。



増位山と広峯山は、標高がほとんど同じとはいえ、ある程度のアップダウンは覚悟していた。ところが実際歩いてみると、以外に平坦。呑気にブラブラ歩いていくには、とても快適な道。



と、呑気に歩いていると、前方から次々とマウンテンバイクがやってきた。こんな道を走るとは、何とも酔狂な、とも思うのだが、スタンプを押すために延々と歩いている方がよほどの奇行かもしれない。山でたまに出会う傍若無人な自転車とは違って、出会った3つのグループはとても紳士的なバイカー。歩行者優先で、自転車を路肩に停めて、こちらが通り過ぎるのを待ってくれた。



広峯神社にやってきた。山中の静謐な神社を想像していたのだけど、人も多く、大きな土産物屋もあったりして、賑やかなことになっている。これも官兵衛効果だろう。


 

広峯神社は、黒田家がこの地で財を成し、武装集団を率いるに至るまで、多大な支援をしてきた神社。拝殿がとても広い。



社務所には、絵馬や御守をはじめ、官兵衛グッズがテンコ盛り。



黒田家が財を成す元手となった、目薬に因んだ土産物も売られている。



神社内をゆっくりと見て回っているうちに、大軍団が追い付いてきて、境内はもちろん、正面の随神門の石段までが、弁当広場化していく。



広峯神社から、市街地にダラダラと坂を下っていく。正面に見えるのは、姫路競馬場。その向こうに、姫路城の緑と、未だベールに包まれている大天守が薄っすらと見える。



30分ほども掛けて、長くてクネクネ曲がった道を下りきり、ようやく白国の集落に戻ってきた。ここから、さらに次のスタンプポイントになっている心光寺を目指す。



途中、白国神社に寄り道。播磨国の四ノ宮だ。当然のことながら相当古い神社なので、黒田官兵衛との関わりも、探せばきっと何かあるはずだろうが、ここには黒田官兵衛の幟は立っていない。そのせいか、人気もなく、とても静かだ。



この神社は、安産と育児にご利益があるらしい。安産のシンボルともいえる犬の像が据えられている。



姫路の自衛隊駐屯地の北側を西に向かってトボトボと歩いていく。山道が続いたせいか、そこそこダメージは大きい。



山裾を切り拓いて造成されたと思われる住宅地を、さらに西へ西へと進む。



白国から1時間ほど歩いて、ようやく心光寺に到着。黒田官兵衛の幟がはためく、砦のようなお寺の正面の鐘門が閉まっていたので、御着城の悪夢の再現かと焦ったが、奥にある通用門から中に入ることができた。



今日の獲物は、1.広峯神社、2.増位山随願寺、3.心光寺、の3つ。これまで計4日のウォーキングで、全24スタンプのうち9つを獲得した訳だが、まだまだ先は長すぎるぞ。



元気ならば、さらに2時間ほど歩いたところにある書写山に向かうつもりだったが、夕方から天気も崩れそうだし、それ以上に体が重くて歩く気がしない。

昼食を求めて少し歩いた後、田寺からのバスに乗って姫路駅へ。田寺にあるお菓子屋さんの店頭に、ひどく低姿勢な(ほとんど土下座している)人形(番頭?丁稚?)が設置されていた。



姫路駅のコンコースに、JRがやっている黒田官兵衛スタンプラリーのスタンプコーナーがある。なんとスタンプポイントは、姫路、博多、岡山、長浜(または木ノ本)の4つ。平清盛の大河にも合わせて同様のことをやっていたが、あまりにエリアが広すぎて挑戦しようがない。



とは言え、念のため、姫路のスタンプは貰っておこう。

 

まとめ

 
歩行距離    約12km
所要時間    249分 (4時間09分)
歩数       21700歩 (早歩き 13400歩、 階段 1080段)