あわじ旅すごろくスタンプラリー(淡路島)

2014年1月3日(休)


10年以上乗り続けた車を、いよいよ買い替えることになった。以前は車に乗ること自体を目的に、どこかに出掛けるような休日を過ごしていたのに、今や「公共交通機関+ウォーキング」になってしまったので、走行距離は僅か2万5千キロ余り・・・。正月休みを利用して、走り納めのドライブとして、淡路島に出掛けることにした。



ドライブに併せて、淡路島全域の観光スポットを対象にした、「あわじ旅すごろくスタンプラリー」にも挑戦だ。もっとも興味のない有料施設はパスして、時間が許す範囲でスタンプを集める。早速、明石海峡大橋を渡ったところにある、サービスエリアとハイウェイオアシスで、スタンプをゲット。なかなか可愛いスタンプだ。




淡路島は、人口14万人に対して自治体系だけでも18ものゆるキャラが存在するという、ゆるキャラ密集地。さらに事業者のキャラクターも多いらしい。ハイウェイオアシスの3体は、鯛に丸呑みさせられている?「たい坊やん」のように、かなりぶっ飛んだキャラクターばかりだ。



洲本市のシンボル、洲本城にやってきた。戦国時代には三好四兄弟のなかでも仁将として評価の高い安宅冬康が、秀吉の時代になると賤ヶ岳七本槍の脇坂安治が、この城の主となった。小高い山を丸ごと利用した城郭は、想像以上に大規模なもの。今も残る当時の石垣からは何本もの木が生えている。



本丸に建つ天守閣は実にちっぽけなもの。物見台のような造りだ。2F以上に上がるための階段もなぜか取り外されていて、下から眺めるだけのものになっている。この天守閣は昭和初期に、日本で初めての「模擬天守」として建てられたものらしい。




しかし本丸跡からは、洲本の町の全貌と、大阪湾を見渡すことができる。都の首根っことも言える、この海域に睨みを効かす要所に城があったことがわかる。


 

島の南端にある福良港から、咸臨丸に乗って、約60分のうず潮クルーズへ。うずしおクルーズに帆船を使う意味は無いと思うが、勝海舟が米国に渡った咸臨丸を復元したものだそうだ。




無数のカモメが、乗客が与えるエサを目当てに、船と並んで、デッキすれすれに飛んでいる。


 

ラッキーなことに、この日は、天気も良いうえに、うず潮観光に最も適した潮の条件が揃っていた。上手い具合に、2F甲板の端っこに陣取ることができたので、写真もたくさん撮ることができた。



世界三大潮流というのがあるそうで、鳴門海峡の潮の速さは、イタリア・シチリア島のメッシーナ海峡、アメリカ・ロスアンゼルスのセイモア海峡に次ぐ世界第三位。しかし最大直径30mにも及ぶと言われる渦の大きさはダントツで世界一。ということで、「鳴門海峡の渦潮を世界遺産に」という幟がそこかしこに見られる。



大鳴門橋に近づくと、鳴門や淡路からやってきた渦潮観光船はどの船も、渦潮を見るため乗客が船べりに押し掛けるため、甲板が超満員状態になっている。一見すると、定員を大幅にオーバーした過積載状態だ。



帆船、といっても帆は上げておらず、エンジンで走行しているのだけど、それでも、大鳴門橋の下を高い帆柱がくぐっていく姿は迫力がある。



高田屋嘉兵衛の出身地となる五色にある「ウェルネスパーク五色」は、高田屋嘉兵衛公園とも呼ばれるようだ。淡路の農民の子として生まれながら、瓦船の船乗りに始まり、ついには蝦夷地や択捉との交易で巨財を築いた嘉兵衛は、まさに郷土の英雄なのだろう。嘉兵衛が解放に尽力した、日本に抑留されていたロシア提督のゴローニンと並んだ銅像が建てられている。



公園内には、司馬遼太郎が高田屋嘉兵衛を主人公に描いた小説「菜の花の沖」から名付けられたと思われる「菜の花ホール」という記念館が建てられている。ホールの前には、何人かの駐日ロシア大使の記念植樹を見ることができるなど、この地は日露友好の象徴となっているようだ。




野島断層保存館を訪問。今回のあわじ旅すごろくスタンプラリーでは、有料施設はほとんどパスしていたのだが、ここばかりは有料でも見学したかったところだ。阪神大震災の際に出現した断層の上に屋根を設けて保存している。



左側の地層が何キロにも渡って、約50センチ隆起している。さらに小さな地割れが右側に見ることができる。



地震によって断層が動き、ずれてしまった畦道なども、そのまま保存されている。とても興味深い。阪神大震災をそのまま再現した震度7を体験できる施設もあって、当時姫路で経験した激しい揺れの記憶をまざまざと思い出すことができた。



さて、16のスタンプポイントがあったが、獲得したスタンプは8つだけ。でも、8つあれば、電動スクーターなどが当たる「あわじ賞」に応募できる。



 しばらく歩かない休日が続いたが、さすがに明日には始動しよう。