トーマススタンプラリー②(山科~小関越~近江神宮)

2015年3月28日(土)②


トーマススタンプラリー①(石山寺~音羽山~山科) より続く

石山寺駅に続き、山科駅で2つめのスタンプ、のはずだが、なんとスタンプは駅構内にある。止むなく、駅に入場し、山科の東隣の四宮駅まで乗車する。わずか500mほどの駅間距離のため、何とも勿体ないし、ほとんど時間や体力の節約にもならないが、仕方ない。



四宮駅から、京阪やJRの北側を流れる琵琶湖疎水沿いに歩く。遊歩道がとても良く整備されている。想像以上に水量も多く、京都方面に向かって流れも早い。



後ろで轟音がすると思う間もなく、猛スピードのモーターボートが琵琶湖方面に向かっていった。狭い疎水だけに、モーターボートが通り過ぎた後のうねりが凄い。モーターボートが過ぎ去って、3分ほどは水面に高い波とうねりが残っていた。



桜並木に囲まれた疎水は、やがて地下トンネルとなる。あのモーターボートも、このトンネルに突入していったのだろう。しかし、直線としても三井寺傍のトンネル出口までは2~3kmはあるはずだ。あのモーターボートは何者なんだろう・・・。



国道1号線から分かれて湖西に向かう西大津バイパス。湖南・湖西・湖東からの車が集中する大津市内をバイパスできるだけに、かなり有用な道路だと思うが、未だ走ったことはない。



いよいよ小関越に入る。東海道にある逢坂の関が大関で、その北にある裏道が小関ということなんだろう。

突如、円筒形のタンク状の物体が現れる。どうやら地下トンネルを流れる琵琶湖疎水の立坑らしい。それにしても明治初期に、よくまあ、このような地下疎水を建築できたものだ。




裏道とは判っているが、何とも寂しい道が続く。



突如現れた箱型の構造物。真新しいものだが、下を流れる琵琶湖疎水に関連するものだろうか。どうやら大津市企業局のもののようなので、水道かガスの施設かもしれない。



小関峠にある小関峠地蔵。小さな祠に祀られている。



小関越ハイキングコースなるものが出現。手元の京阪沿線ウォーキングマップには記載されていない道だが、三井寺まで行けるようなので、鬱蒼とした森のなかに突入。



ところが、途中通行止。立入禁止看板やバリケードは車に向けてのものなのか、歩行者も対象なのか、判らない。ここから先は、三井寺の寺域に入るようで、勝手に侵入したと怒られては適わないので、退却する。



ロスを繰り返し、結局車も走る退屈な道を大津市内に向けて歩いていく。徐々に空は暗くなってきた。



長等神社。ながらじんじゃ、と読む。朱塗りの楼門が立派だ。近江大津京の鎮護のために建立されたものだそうだ。



三井寺の傍までやってきた。長いトンネルを抜けた琵琶湖疎水に再会する。



近江神宮前駅に到着。ホームや改札付近にスタンプ台が無いので焦るが、駅に隣接した事務所にスタンプ台を発見できた。京阪大津線お得意のラッピング列車に出会う。漫画の「けいおん」が車体前面にペイントされている。



こちらは、伊藤園の「お~いお茶」のラッピング。



無事3つのスタンプをゲットできた。3つ集めると、缶バッジが貰えるらしいが、大人の人はダメとある。まあ、記念品など端からどうでも良くて、印刷と見間違うばかりに良質のスタンプを押せたこと、それに以前から歩きたかった音羽山や小関越を無事完歩できたことが嬉しい。



ウォーキングの軌跡。もっともこのなかで、山科~四宮の500mは電車に乗っている。それを差し引いても総距離22km。歩行時間は6時間余り。歩数は3万歩を超えた。






トーマススタンプラリー①(石山寺~音羽山~山科)

2015年3月28日(土)①


京阪電鉄が主催している「きかんしゃトーマス&なかまたち2015スタンプラリー」。昨年末に交野線でチャレンジしたばかりだが、半年も経たないうちにvol.2と銘打って、再び交野線と大津線を舞台に開催されている。今回は大津線で参加してみることにする。



スタンプポイントは、石山寺駅、山科駅、近江神宮前駅の3駅。これを例によって歩いて回る訳だが、まずは大津線の南端にある石山寺駅にやってきた。スタンプ台の横にあるゴミ箱には、「鉄道むすめ」の石山ともか嬢のポスターが貼られている。



折しも、全国を舞台にした鉄道むすめスタンプラリーが開催中。以前、同じ石山駅で押印したものとデザインが変わっていた。



次に目指す山科駅へは、鉄道に沿って、まず浜大津まで北上、次いで山科に向かって西へ、と比較的平坦な道を行くのが常識的だろう。さらに最後のスタンプポイントの近江神宮前駅に向かうためには、再び浜大津に戻り、今度は大津線を北上することになる。

しかし今日は、石山寺から山科へは、東海道自然歩道にもなっている音羽山を越えて向かう直球ど真ん中コース。山科から近江神宮前も小関峠を越える直線ルートを行くことにする。



勇んで出発するものの、いきなり道を間違える。行く手に鉄柵があらわれ、前進を阻んでいる。スマホで現在位置を確認してルートミスを確認できたが、鉄柵が無ければ、ひたすら間違った方向に進んでいたかもしれない。



出だしから大きくロスし、その後住宅街やバス道をウロウロと進む。ちっと自然歩道っぽくないし、標識も出ていない。結局自動車用の標識に導かれるように、自然歩道に面した幻住庵に辿りつく。松尾芭蕉が晩年を過ごした庵なので、訪問を楽しみにしていたのだが、あいにく工事中で入れない。史跡を示す石碑の周りには、ダンプやシャベルカーが並べられていた。



1時間以上歩いて、ようやく自然歩道らしい地道になる。



汗ばむような陽気で、長袖ポロシャツの袖を捲ってあるく。空も山も池も青い。



大好きな渓流にそった軽い上り坂で、足取りも軽い。



木々の向こうには、エメラルド色の湖沼の水面が眩しい。いやぁ、いい道だ。



途中、渓流の渡渉などもあって、飽きることの無い楽しいハイキングが続く。



しかし、ついに急坂が現れた。しかも大嫌いな丸太階段だ。地図の標高線を見て覚悟はしていたものの、いきなりペースはスローダウン。息があがり、何度も腰を下ろす。



随分長い間、階段や急坂に苦労して上ってきたところにパノラマが広がっている。琵琶湖や大津の街並みがとても美しく眺めることができる。疲れも吹っ飛ぶ、といいたいところだが、積もり積もった疲労は容易に抜けるものではない。



音羽山の山頂までは、あと少しなんだけど、その道は山科よりかなり東の大谷に続く。音羽山の直前で西に迂回し、今度は急坂を下っていく。道幅も狭く、路肩も柔らかそうなので、注意深く歩いていく。



京都府に入ったせいか、道案内の標識が急に充実してきた。もっとも、案内板は手作りのもので、どれにも、あまり栗坊やが描かれている。



牛尾観音にやってきた。何の予備知識もなく、山科への長い道のりにおける数少ない名所のようなので、軽く参拝して先を急ぐつもりだったのだが、ここで思わぬ体験をすることになる。



本堂の軒先に吊るされた鰐口とならんで天井に貼りつけられた方位盤を興味深く観察していたところ、寺男っぽい男性に声を掛けられた。その後、懇切丁寧に牛尾観音の縁起を説明してくださったばかりか、境内をアチコチと案内してくださった。



一般には立入できない金生水の水源。この寺の開山の切っ掛けになったものだ。先導していただいた寺男さん?に倣って、顔を洗い、一口飲ませていただいた。この地に狩に訪れた坂上田村麻呂もこの水を飲み、また当時の住職の教えに篤信し、より多くの人がこの教えに触れることができるよう、都に建てたのが清水寺なんだそうだ。そのため、清水寺の山号は音羽山で、牛尾観音は清水寺の奥ノ院ということになったそうだ。(ちょっと聞き間違ってるかもしれない・・・)



 鐘楼。鐘は元禄時代に製作されたものだ。寺男さんに、鐘を撞いてあげると言われる。えぇっ、鐘を撞かせてあげる、ではないのか、と訝しく思っていると、なんと鐘の中に立てと仰る。鐘の中に頭を入れて、合掌をしていると、鐘がゴーンと撞かれた。頭の周りを強力な振動を伴う音波が駆けめぐる。まるで漫画の一コマのような体験をさせていただいた。



続いて案内されたのが滝行場。高さは18尺と決まっているそうだ。さすがにこれは遠慮させていただく。大変話がお詳しいので、住職さんかと思い尋ねると、ただのボランティアとのこと。しかしその後紹介された住職さんは、この方を「先生」と呼んでおられたので、只者ではなさそうだ。



貴重な体験と興味深いお話を伺うことができたが、予定の時間をかなりオーバーしてしまった。再び渓流に沿って、整備された道をズンズン進む。



音羽の滝。清水寺にあるものが有名だが、こちらが本家本元ではなかろうか。
テクテク道を歩いていると、ご住職がわざわざ車を停めて「先ほどはどうも」と挨拶してくださった。そのあと、やってきた「先生」も、車を停めてくださり「途中まで乗せていく」とまで仰ってくれた。丁重にお断りしたが、何とも有難いことだ。余程しんどそうに歩いていたので、見るに見かねたのかもしれないが・・・。



「先生」が帰路に、是非見て行けとお勧めいただいた、紀貫之の歌碑。「秋風の 吹きにし日より 音羽山 峰のこずえも  色づきにけり」とある。



音羽山の麓にある小山という町には、大蛇伝説が残るらしい。人々を困らせた山の神と呼ばれた大蛇が退治されたとされる2月9日に、藁で作った大蛇を奉納し、大蛇の霊を慰めるのだそうだ。見たところ、長さは20mほどもありそうだ。



名神高速を潜り、三条通をテクテク歩いて、ようやく京阪山科駅に到着した。なかなかのハイキングだった。別にスタンプラリーに引っかけて歩かなくとも、と言われそうだが、スタンプがあればこそ、途中で止めずに最後まで頑張ろうという気持ちになるから不思議だ。

 
 
 既に山道を15kmほども歩いているので、もう十分といったところだが、もうひと踏ん張りして、3つめのスタンプがある近江神社前前に向かおう。
 
 ~ トーマススタンプラリー②(山科~小関峠~近江神宮前) ~ に続く
 
 
 
 
 


桜わくわくスタンプラリー(東京スカイツリー)

2015年3月26日(木) ②


東京出張の合間に、Tokyo & Osaka Subway Rally で押上から上野まで歩くつもりが、東京スカイツリーショップで、桜わくわくスタンプラリーなるものを発見。スカイツリー周辺から浅草までの間に7つのスタンプポイントがある。多くは、もともと歩くつもりだった場所にも近いので、ついでにやっつけてしまうことにする。

 


青空を突き刺すように聳え立つ東京スカイツリーで最初のスタンプを押印。



続いては、スカイツリー近くの観光センター「おしなりくんの家」。おしなりくんとは、墨田区の押上・業平橋のマスコットのようだ。平安貴族のような、おしなりくんの出で立ちは、平安時代随一のモテ男、在原業平をイメージしたものらしい。


東武の「とうきょうスカイツリー駅」もスタンプポイント。スカイツリー完成に合わせて、東武伊勢崎線は東武スカイツリー線に、業平橋駅はとうきょうスカイツリー駅に、改称された。



隅田公園の北端にある牛嶋神社。珍しい形の鳥居だ。大阪の坐間神社もこのような形だが、三ツ鳥居、あるいは三輪鳥居と呼ぶらしい。



吾妻橋の観光案内所。スカイツリー、押上、吾妻橋、浅草・・・と、狭いエリアに観光案内所が多数ある。さすが東京は観光の面でも大都市だ。



最後のスタンプは、東武浅草駅ビル。なかなかのレトロ感だ。昭和6年、関東初の百貨店併設型ターミナルとして建設されたものらしい。



なんとか全てのスタンプを押せたとはいえ、ただでもボンヤリとしたパステルカラーが多いうえに、スタンプ台の多くは、インクが掠れていて、綺麗に押せない。



あづちゃん家のオレンジ色のスタンプに至っては、ひとつだけインクたっぷりだった牛嶋神社の紫色のインクに潰されてしまった。



達成証明書のスタンプ。といっても、実はこのスタンプは自分で押す仕組みになっている。しかも、最初にスカイツリーで押したのが、このスタンプ。これを持ってスカイツリーショップに行けば、何か記念品が貰えるらしいが、浅草から戻る訳にはいかない。

 
 
日頃から感じているのだが、関西に比べて、関東の方が面白そうなスタンプラリーが圧倒的に多そうだ。関西のものは、買い物や食事をすればスタンプを押せるという、現金な仕組みが多く目立つ。大都市東京にイベントが多いのは当然なんだけど、むしろ群馬・栃木・茨城の北関東三県が都市規模の割に、スタンプラリーがやけに多いように感じる。