秋田散歩

2016年10月5日(水)


泊りがけの出張で初めて秋田市にやってきた。朝6時から朝食を済ませ、時間の許す限り、未知の町のモーニングウォークを楽しむことにする。



まずは、東北三大祭のひとつに数えられる竿灯まつりが繰り広げられるという竿灯大通りを西に向かって歩き始める。



偶然見かけた菅江真澄の碑。江戸時代の博物学者であり紀行家でもある。日本全国を歩き回り、晩年は秋田に落ち着き、藩内各地をくまなく回り、地誌をまとめたという。



薄型信号機。Lあまり関西では見かけないように思う。



役所ゾーンにやってきた。秋田市役所の向かいが秋田県庁。「高質な田舎」という、格好いいような、開き直りのようなキャッチフレーズが垂れ幕で掲げられている。「あきたびじん」をモジッた「あきたびじょん」というのも面白いが、「んだ。んだ。秋田。」というのが一番いいように思う。



秋田市立体育館。すごく強そうな建物だ。異国の神殿のようにも見えるが、鉄人28号やマジンガーZに通じる鋼鉄感のようなものが漂っている。



古代城柵秋田城を目指して北に向かって歩いていると、仙台藩殉難所なるものが現れた。戊辰戦争の際、仙台藩からの使者11名を斬り、奥羽越列藩同盟から離反し、新政府側に転じたらしい。不勉強で、詳しい経緯を理解していないが、仙台・秋田の遺恨は長く続いたとも聞く。



どうせ、何も無いところに説明板のひとつ、ふたつがあるだけだろう、と期待は低かった秋田城跡だが、近づくにつれ、様々な旧蹟が現れ、立派な幟まで登場しはじめた。こうなる秋田城跡に向かう坂道も苦にならず、足取りも軽くなる。



お~っ、思いもかけない築地塀の復元城柵が現れた。8世紀に出来上がったとされる秋田城は、東西各550mほどもある大規模なもので、このような築地塀に囲まれていたらしい。もっとも復元されているのは100m余りでしかない・・・。



城域を大きく取り囲む外郭の内側に、さらに四角い築地塀があり政庁が置かれていたそうだ。ジオラマを見る限り、さほどの要害とも見えないが、ここが朝廷の力が及んだ最前線であり、また大陸との交流の拠点ともなっていたという。



復元された政庁跡。瓦葺の築地塀は立派に出来上がっているが、政庁の建物は柱石が配置されているだけだった。もっとも、どういう訳か平安期になると築地塀から木製の塀に変わってしまったらしい。



奥羽本線。未だ乗車したことが無い。



奥羽本線を北に渡り、外旭川地区にやってきた。国内では数少ない石油や天然ガスの採掘が行われているところだ。畑や住宅街に囲まれた数百坪程度の土地に、油を汲み上げるポンピングユニットが、首を上下に振り続けている。



地元の人達にもすっかり慣れっこのようで、保育園の横でも石油が汲み上げられていた。というより、おそらく石油採掘の方が先で、後から保育園がやってきたようにも思える。この付近の人たちには当たり前の自然な風景なのだろう。



時間もないので、市内中心部まで4kmほどの道のりを、偶然見つけたタクシーで移動する。旭川に沿った川反地区が、秋田随一の繁華街になっているらしい。

 


旭川沿いに東海林太郎音楽館なるものを発見。若い世代には最早通じない話かもしれないが、秋田が生んだ日本を代表する大歌手だった。燕尾服で直立不動で歌うスタイルを真似る人も最近は見なくなった。



江戸時代の秋田藩佐竹氏の居城、久保田城にやってきた。秋田藩ではなく、久保田藩とも呼ばれている。広い堀も、今では大きな蓮で堀が覆いつくされている。蓮の花もチラホラと見える。



久保田城跡は、今は千秋公園という名で市民に開放されている。ちょうど地元の小学生高学年と思しき数十名が集まって、マラソン大会が始まるところだ。子供のころは特に長距離走って苦手だった。昔の悪い記憶が蘇る・・・。今もその気になれば20kmでも30kmでも歩く自信はあるが、走るとなると100mほどが限界だ。



久保田城の一の門。なかなか風格があるが、ここは天守閣がもともと無かったことで知られる城だ。関ヶ原の戦いで、西軍寄りの姿勢をとったため、水戸から秋田に大幅減封で国替えさせられた佐竹氏だけに、天守閣を建てる余裕が無かったのだろうか。



本丸跡に建つ佐竹義堯像。秋田久保田藩最期の藩主だ。奥羽越列藩同盟から新政府側に寝返った裏切者との批判もあるが、大混乱期にあって、周辺各国に引きずられることなく藩論をひとつに纏めるリーダーシップの持ち主だったからこそ、こうして銅像が立っているのだろう。



お城っぽい建物といえば、近年復元された隅櫓だけ。いろいろと展示もあるようだったが、入場する時間が無かった。



マンホールをはじめ、町中に竿灯のデザインが溢れかえっている。関西人から見れば、秋田といえば、秋田犬、ナマハゲ、かまくら、ハタハタ、きりたんぽ、比内地鶏などなどが先に思い当たるが、これらは秋田市が本場ではないようだ。



秋田駅前の郵便ポストの上にも、竿灯の提灯がドンと据えられている。



もっとも、秋田駅コンコースでは、中学生?が、ハタハタらしき魚の被り物をつけて地元の名産品をPRする風景も見られた。



秋田駅では、新幹線こまちも撮影できた。限られた時間だったが、秋田らしいものを多く目にすることができた。



秋田空港には大きなナマハゲが置かれていた。ナマハゲって、一説によると、秋田城の時代に大陸からやってきた外国人が原型とも聞く。そういえば、天狗にも同じような説がある。



本日の歩行軌跡。20km近く歩いたように見えるが途中4kmほどはタクシー移動。6時過ぎから4時間弱で15kmほど歩いた勘定になる。