【番外】乳頭温泉・角館・男鹿など

2017年8月27日(日)



仕事で訪れた秋田ではあるが、土曜の夜の大曲花火大会ばかりか、県内をアチコチ案内していただき秋田を満喫させていただいた。
宿泊は、乳頭温泉の鶴の湯。隠れ里的な古い温泉宿だが、近年では予約困難な大人気の宿になっている。

 
 
この建物が混浴露天風呂の脱衣場。これより先は撮影禁止だ。白濁したお湯がとても心地いい。
 
 
 
事務所には、およそ20cm角のビッグサイズのスタンプが用意されていた。スタンプラリーストとしては、見過ごすことはできない。
 
 
 
鶴の湯の風景を透かし絵にした台紙を100円で購入。ケチなことに、1枚の台紙に2つのスタンプを無理やり押してしまった。

 
 
田沢湖。日本一深い湖であることから、日本のバイカル湖と呼ばれているらしい。青い湖面に、金色の「たつこ像」が映える。
 
 
 
抱返り渓谷も訪問する。狭い道のため、すれ違う際には、互いが抱き合うようにしながら進まなければならないということに由来する名前らしい。吊り橋を渡って、その狭隘な渓谷にに入っていく。
 
 
 
大雨の影響で、水量は多く、そして濁っている。この川が、この夜に大曲で開催される花火大会の会場となる雄物川に合流する。


 
 
なるほど、確かに狭い道が渓谷を縫うように造られている。もっとも、抱き返るほどの狭さでもなく、結構平坦な道だ。大勢の人が渓谷ウォーキングを楽しんでいる。
 
 
 
道の突き当りにある回顧(みかえり)の滝。豪快な滝で、近寄ると水しぶきが襲ってくる。滝の形も良く、その名のとおり、何度も見返りながら、来た道をUターンする。
 
 
 
角館も訪問。武家屋敷が立ち並ぶ。蘆名氏が城主として綿密な都市計画をしたものが今に残されている。この広い道も元々のものなんだろうか? もっとも蘆名氏は、早々に断絶し、その後佐竹の分家が角館を治めている。
 

 
 
「みちのくの小京都」と呼ばれているが、京都にこれほどの武家屋敷は見られない。古い建物が多く残された清楚な街を、すべからく小京都と呼ぶことには抵抗がある。



今は静かで優雅な佇まいの町が、冬は厳しいところのようだ。「落雪注意」や「つららに注意」の標識がアチコチに見られる。

 
 
大曲花火大会の翌日は男鹿方面へドライブ。大きな「なまはげ」が出迎えてくれる。なまはげ館を見学したが、なまはげって、男鹿の集落ごとに全く異なる顔をしている。


 
 
秋田県内のアチコチで見かけたババヘラアイス。露天販売のアイスクリームなんだけど、「おばさん」が「ヘラ」で、アイスクリームをコーンに盛りつけることからこの名が付いたようだ。夏の秋田の風物詩らしい。
 
 
 
男鹿半島の北西端に位置して日本海に突き出した入道崎を訪れる。北緯40度のラインに、モニュメントが設置されている。


 
 
日本海の波濤に削られた海岸線は、実にゴツゴツとして雄々しい。夕陽が素晴らしく美しいところだと聞くが、さすがに日没まで待つ訳にはいかない。
 
 
 
入道崎にUFOが出現した、との看板が立てられている。見たい人には、ビデオを見せてあげる、と書かれている。
 
 
 
八郎潟の干拓地を通過して、秋田空港に急ぐ。さすがに北海道を思わせるような真っ平な道が続く。左右には広大な耕作地が広がっている。
 
 
 
出張に併せて、随分秋田を堪能させていただいた。なかなか、こんな出張はあるものではない。
 
 


【番外】大曲花火大会

2017年8月26日(土)


秋田出張に併せて、懇意にしている企業さんに大曲の花火大会に招待していただいた。正式な名称は全国花火競技大会というだけに、全国の一流花火師が技を競いあうだけに、日本一の花火大会との呼び声も高いイベントだ。

 
 
秋田県の山間にある小さな町に、全国各地から80万人近い観覧者が押しかけるという。何十万席もあるはずの観覧席券の抽選倍率は10倍ほどにもなるというのに、今回観覧させていただいたのはE席という、現地の商工会議所員のみに提供されているも更に特別なもののようだ。
 


まだ日の高い夕方16時半頃には、指定席というのに、大部分の桟敷が埋まりつつある。花火を待ちきれない、ということあろうが、花火が始まる前に腹ごしらえしておこう、という人が多いようだ。


 
 
17時30分、大会開会を告げる号砲と市長の挨拶の後、第一部「昼花火」の部が始まった。5号玉5発で昼に楽しめる花火が披露される。光だけでなく、煙をいかに見せるかがポイントになっているようだ。
 
 
 
徐々に夕闇が迫るなか、全国から集まった27のトップ花火師が順々に、この日のために工夫を重ねてきた昼花火を打ち上げる。
 


昼花火の終了後、少しの休憩を挟んだ18時50分、いよいよ第二部の夜花火が始まる。27の花火師による競技の前に、大会が提供する花火が華々しく打ち上げられる。前座からいきなり度胆を抜かれてしまう。高さ、大きさ、色、音・・・、この感動を形容する言葉が見当たらない。

 
 
とにかく凄い。スマホのカメラでは到底この凄さを伝えることができない。実際の花火の凄さに対して、スマホで撮った写真のなんとショボイことだろうか。

 
 
写真を撮ることも忘れて、次々とあがる花火に見入ってしまう。早々に食事を済ませておいて良かった。
 
 
 
そもそも花火が広く、そして高く上がるので、相当な広角レンズでなければ、その全体を写真に収めることは不可能だ。

 
 
上にあがるばかりでなく、下に落ちてくるようなものも多い。もっとも、火の粉が地面まで落ちてくると減点になるらしい。

 
 
これまで見てきた花火大会は、喩えるならば、映画館のスクリーンを見ているようなものであるのに対して、大曲の花火は、まるでプラネタリウムのように、前・横・頭上と自分の周囲全体が花火で囲まれるようだ。

 
 
夜空に花火があがる、という表現がよくあるが、ここの花火のキャンバスは、夜空という言葉では収まりきらないように思う。極端な言い方になるけれど、「宇宙」を感じてしまう。

 
 
スタートから約4時間、息をつく暇もなく、花火が寸断なく打ち上げられてきたが、ついにフィナーレ。赤いネオンライトを振る川向うの花火師さんたちに、観客が大喝采のエールを送る。



至高の技を披露してくれた花火師さんばかりでなく、大雨のため、会場となった雄物川の河原も水没し、昼夜兼行の復旧作業で花火大会の開催に漕ぎ着けた関係者の皆さんに深く感謝したい。ホントに凄いものを見せていただいた。

丹生山田の里ハイキング

2017年8月21日(日)


一昨日、三宮から三木までバス移動した際に通過した神戸市北区の丹生山田の里を久々に歩いてみることにする。以前NHKで放映された谷上駅から箱木家住宅までのマップを参考に歩くこととする。



NHKのマップでは、ゴールが箱木家住宅となっているが、この辺りのバスは1時間に1本程度。ということで、神戸電鉄粟生線の木津駅で下車し、約5km北にある箱木家住宅を目指して歩くこととする。



駅からすぐに上り坂が続く。日射しはきつい。



歩道どこころか路肩さえ無い道を進む。なんだか自動車道を歩いているような気になって、上り坂にも関わらず、つい早歩きになってしまう。



百合の花が多く自生している。真横を向いたラッパ型の白い花は、テッポウユリのように見える。テッポウユリって、沖縄など南国でしか自生していなかったはずだが、近年では神戸も十分テッポウユリに適した気温になっているのかもしれない。



源義経が京から丹波を経由して、一の谷へと進軍したと伝わる丹生の山々。義経道なんてのが、今も残る。



木津駅から5kmほどの道をひと山越えて1時間ほどで歩いて、つくはら湖、箱木家住宅(千年家)のあたりまでやってきた。丹生山田の里を貫く近畿自然歩道には、「太陽と緑の道」という別名もつけられている。



つくはら湖。加古川系の山田川(志染川)をせき止めた東西5kmほどもある巨大なダム湖だ。湖岸にはサイクリングロードなども充実している。



さあ、お目当ての箱木千年家にやってきた。室町時代に建設された日本で最も古いといわれる民家である。ところが、なんと、休館しているではないか。なんとか外観だけでも拝見したいと思ったが、柵や生垣が巧妙に設置され、中に入らないと全体が見えないようになっている。



なんとかならんもんか、と千年屋の周囲をウロウロするものの、近くの大歳神社の境内の木々の狭間から見るのが精一杯。これで3度目の訪問になるのだが、改修期間中やら開館時間外だったりして未だ一度も内部に立ち入ることができないままになっている。



考えてみれば、これからがNHKのマップに従ってのウォーキングの始まりなのだが、ここまでのハイペースと千年家閉館中という心身両面のダメージで、イマイチ気乗りがしない・・・。



「太陽と緑の道」という名前どおり、太陽は頭上から照り付け、周囲には山と田んぼしか無い道を歩いていく。



丹生神社の宝物殿。秀吉や小野道風の書など、古社の宝物が納められているらしい。以前、神戸電鉄のスタンプラリーでも、ここに立ち寄ったことがあるが、何これ~っ、と感じたことを記憶している。宝物は凄いのだろうが、目にすることができる建物に特別なものは感じられない。



六條八幡宮。この地の鎮守社で、平安時代の創建なんだそうだ。しかし疲れた体を覚ますようなインパクトは感じられない。ここで、ハタと、NHKマップで立ち寄ることになっている七社神社を素っ飛ばしたことに気付くが、来た道を戻るだけの気力が湧いてこない。



田園風景が広がる丹生山田の里。あらためて政令指定市神戸が豊かな米どころでもあることに気づく。山田錦の幟がみられるが、ひょっとして山田錦の山田って、神戸市北区の山田地区に由来するのだろうか。山田錦の本場といえば、吉川町・三木市だと思っているのだが・・・。



よく見ると、半分程度の田んぼでは、山田錦ではなく、キヌヒカリが栽培されている。



山田錦が品薄で高値になっているように思えるだけに、ドンドン山田錦にシフトしているのではないかと思っていたんだけど、ここでは2つの品種が並んで栽培されている。畦道の左側、黄色く稲穂が垂れつつあるのがキヌヒカリ、右側の未だ青いのが山田錦だ。



新兵衛石。徳川家治が将軍だったころ、新兵衛という少年が、ここで村の窮状を殿様に直訴するに及んだそうだが、殿様はその勇気と理路整然とした訴えに感じ入り、罪を問わないばかりか年貢を下げることまでしたそうだ。新兵衛も立派だが、この殿様が偉い!説明には土井大炊頭としかないが、調べてみると土井利厚のことのようだ。老中まで上り詰めた人はさすがに違う。



新兵衛石から坂道を数百m登ったところに無動寺がある。七社神社もパスしてしまったし、もはやNHKのマップどおりに歩くこともなかろう・・・、と考えて、坂を少し登ったところでUターンしてしまう。



自然歩道を歩くことさえ憂鬱になり、自動車が走る最短経路を進む。



山田川の渓谷が眼下に見える。マップでは谷上駅がゴールになっていたが、わずかに近い箕谷駅を目指す。



神戸電鉄有馬線箕谷駅。阪神高速ではメジャーなインターチェンジだが、駅は至って素朴な造りだ。



本日の歩行軌跡。約13km。



標高軌跡を見て、あらためて驚いた。最初ひとやま越えた後は、延々と上り坂になっている。道理でしんどかったはずだ。もっとも逆行していても、この炎天下では、同じようにバテていたように思える。



(おまけ)
帰路途中に下り立った新開地駅で見つけた夏の甲子園記念スタンプを押す。このところ毎年記念スタンプが作られているようだ。



このところ気分が滅入っているせいか、歩くことばかりか、このブログを書くことにさえ、少々倦んできている。歩いたその日にブログをアップすることを原則としてきたが、出張中でもないのに何日も遅れるのは初めてだ。