大阪府沿岸歩き:阪南市尾崎~岸和田(伊能でGO)

2017年12月30日(土)


大阪府の沿岸を南から北に向かってのウォーキング2日め。昨日の終着点、阪南市の尾崎駅から再スタートする。

阪南市は大阪府で最も新しい市で、その以前は阪南町。ところが、駅前の公民館には、さらにその前身の南海町の表札が未だに掲げられている。南海町が西鳥取町と合併して阪南町になったのは45年も前のことなのに・・・。



旧紀州街道だと思える道を北に進む。道幅といい、家々の佇まいといい、いかにも旧街道風だ。



などと思いながら歩いていると、孝子越街道の石碑が現れた。そうか、紀州街道の本道は、JR阪和線に沿って山側を進むもので、大阪湾岸を進むこちらの道は紀州街道の側道とでも呼ぶべき道だった。



尾崎漁港。歩いていると、淡輪あたりから、下荘、西鳥取、尾崎、そして樽井、岡田浦、田尻・・・、とかなり短い間隔で漁港があることが判る。



尾里川を渡り、本日2つめの市となる泉南市に入る。Googleマップを見ていると、神武天皇聖蹟、と気になる表示を発見したので、少し寄り道する。雄水門顕彰碑とある。神武東征で畿内勢力の抵抗にあい、手痛い敗戦をしたようだ。驚いたことに、神武天皇聖蹟は畿内を中心に20ヶ所ほどもあるらしい。



りんくう南浜海水浴場(タルイサザンビーチ)にやってきた。背の高い椰子の木がズラリと砂浜に植えられている。写真だけ見ると、真冬を感じさせない陽気だが、実際は相当に寒い。



砂浜に椰子の影。青い海、青い空、海の向こうには白く光るりんくうゲートタワービル・・・。長閑な夏のバカンスにしか見えない。



りんくうタウンに向かって、ひたすら海岸沿いの道を進み、田尻町に入る。橋の橋脚の隙間からりんくうゲートビルが見える。



対岸には関西空港の人工島。離陸する飛行機を何とかカメラに収めるべく、寒い風が吹きつける橋の上で狙いを付け続けた結果の1枚がコレ。飛行機までの距離は何kmもあるだけに、どうしてもピンボケ気味になってしまう。



関空との間は、波も穏やかなのだろうか、ヨットが気持ちよさげにセーリングしている。



ようやくのことで、泉佐野市、りんくうタウンに到着。西洋の街並み風のアウトレットと、ヤシの街路樹。いやヤシではなくて、シュロだろうか、蘇鉄だろうか・・・。この辺りの違いが恥ずかしながら判らない・・・。



空は真っ青。アウトレットモールには年末の休みだけに、随分大勢の人で賑わっている。今日なら遠くまで見渡せるように思えるのだが、観覧車に乗車している人は意外に少なそうだ。年末だけに、それほどノンビリともしていられないのかもしれない。



りんくうタウンを過ぎ、阪神高速湾岸線の高架下の殺風景な道をテクテクと歩いていく。以前、泉佐野の雛人形スタンプラリーで、この道を歩いた記憶がある。



佐野川に架かる橋。自動車道でも歩道でもなく、橋そのものが公園のようになっている。面白いなぁとは思うけど、どうしてわざわざ川に橋まで架けてここに公園を作るのだろうか。



貝塚市に入る。大阪府下で唯一(だったはず)の自然の海水浴場、二色浜だ。随分と久しぶりにやってきたが、昔より海も砂浜も綺麗に感じる。海岸には帆船のマストが建てられている。二色浜の二色って、青い海と、白い砂と、緑の松のうちの2つだと勝手に想像しているのだが、三色浜の方が実態に相応しいように思える。



海水浴場のすぐ傍の松林のなかを阪神高速が通っているのが気になっていたが、高速の高架下は美しく整備された駐車場になっていた。人気も無い今のシーズンは、格好のウォーキング道だ。



マンホールも特製だ。松をあしらったNISHIKI BEACHと書かれたものだが、阪神高速道路公団のマンホールというのも珍しいのではなかろうか。同じデザインで、雨水、大阪府工業用水のものも見られた。



おそらく近年の埋立地に建設されたと思われる臨海の自動車道を歩くのも無粋なので、ひとつ陸側の旧堤防の脇道を進む。伊能忠敬が歩いたのも、このあたりに違いない。



岸和田市に入り、天性寺、通称「蛸地蔵」に立ち寄る。岸和田城に籠る中村一氏に蛸の集団(きっとどこかの僧兵のことだと思うのだが・・・)が助太刀したことに由来する。長らく改装工事が続いていたが、無事ほぼ完工したようだ。



このあたりの紀州街道はどんどん整備が進んでいて、来るたびに驚かされてしまう。岸和田といえば、お城とダンジリばかりだった町だが、新たな魅力発信に随分力を入れているようだ。



一里塚の碑もある。もっとも、碑に植えられている木は最近のものにしか見えないが・・・。いつの日か、旅人が見上げるような大木になることだろう。街づくりは、焦らず、慌てずだ。



伊能忠敬の岸和田の宿所は春木屋という商家だったようだ。現地に行ってみたが、今は和菓子屋さんが建っていた。春木屋との関係は不明だ。



岸和田城。ライトアップが始まっていた。いつも感じることだが、天守も堀も石垣も立派。6万国程度の大名には過ぎたる城に思えるのだが、大藩紀州藩の抑えの役割があったとも聞く。



岸和田駅前商店街には、岸和田出身のコシノジュンコが大阪万博誘致特使になったことを祝福する垂れ幕が掲げられていた。



商店街の音楽店では、音楽関係の商品を差し置いて、店頭にズラリとダンジリのDVDが並んでいる。驚いたことに、各町ごとに映像化されているようだ。



本日の歩行軌跡。う~ん、昨日同様、一本道で面白さの欠片も感じられない 。伊能忠敬の測量より今のGPSは精度が高いと思うのだが・・・。